東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 目にも留まらぬ速さで突っ込んできた丸太が、その怪物的な速度と膨大なエネルギーによって拉げ、割れ、砕け散る。

 

「“隔壁”」

 

 私が発動させた防御魔術によって、行く手を阻まれたのだ。

 

「おお……」

 

 感嘆の声を漏らしたのは、私のすぐ側で木製の杖をこちらに向けた老人だった。

 どこか懐かしいような、フワフワと跳ねた銀髪。

 眼の色を伺わせない糸目。顔色を隠す豊かな口ひげ。

 一見して、“読めない”と思わせるような老人だ。

 

「なんて野郎だ……」

 

 そして彼の隣には、樹皮のような体を持った悪魔が舞い降りて、立ちふさがる。

 おそらくは老人を守るため、自らを盾にしようというのだろう。

 

 二人から滲み出る雰囲気は“警戒”。そして“緊張”だ。

 無理もない。突然敵っぽいドクロが近くに現れたらびっくりするのは当然である。

 

 だが、今のやりとりで理解した。

 彼らは……この老人は、間違いなくオーレウスに連なる者に違いない。

 全体的な雰囲気から扱う魔法に至るまで、私の経験値予感がそうだと言っている。

 そして隣にいる樹皮の体を持つ痩せた男は、彼が召喚した悪魔なのだろう。

 先程から言葉の節々に神族的・魔界的な言語が使われているのだから、きっとそうだ。

 

「まずは杖を下ろしてくれ。私は貴方達の敵ではない」

 

 ならば、争う必要はない。

 少々強引にこの領域に踏み込んだのは私の落ち度ではあるが、私は彼らと交流するためにやってきたのだ。

 

「へっ、信じられるか。地上の妖魔の戯れ言に……」

「なんだ、敵ではないのか。ドルアスよ、あまり失礼な早とちりをするんじゃない」

「えええっ……!?」

 

 樹皮の悪魔は名乗った私に対して警戒と不信感を露わにしていたが、隣の老人からは戦意が完全に霧消している。

 あまりの温度差に、ドルアスと呼ばれた悪魔はついていけないようだ。

 

「私の名はライオネル・ブラックモア。こんな顔をしているが……魔法使いをやっている」

 

 とりあえず、分かる言葉で会話ができるというのはありがたいことだ。

 私は改めて名乗り、軽く頭を下げる。

 

「ほう、これは丁寧に。なるほど、魔法使いであるなら先程の見事な術も納得できるというもの。儂はマーカス・バオアー・オーレウス、魔法使いの一族の一人じゃよ」

「おお、オーレウス……」

 

 名乗り返した老人は、やはり私が探していたオーレウスであった。

 雰囲気も名前も、とくればやはり、私の予想は間違いではなかったのだ。

 

 しかも、魔法使いの一族とまで言っている。

 どうやらオーレウスの一族は、長い時を経て高度な魔法を修めるまでに至ったらしい。

 

「で、こっちが儂の喚び出した悪魔で、名をドルアスという」

「……敵じゃないなら別に良いんだが。俺はドルアスだ。さっきはすまなかったな」

「いえいえ。私の方こそ申し訳ない」

「まぁそうだな、全くもってその通りだ。勝手に結界をぶち壊して入ってきたんだ。お前が悪い」

「本当に申し訳ない」

 

 私は完璧な正論を述べる悪魔に何度もぺこぺこと頭を頭を下げ、平謝りした。

 仕方ないことである。かなり雑な入り方をしたのは事実なのだ。言い訳のしようがありません。

 

「まあまあ、どうせ壁なんてすぐに作れるのじゃから、そうクドクド言うことでもなかろうよ」

「お前に死なれると契約上俺が困るから言ってるんだよ」

「とはいえ、まともな入り口を設けなかった我々にも非がある。結果的に大事なかったのだから、そのくらいにしておきなさい」

「……まぁ、ご主人がそう言うなら構わないんだがな」

 

 マーカスのフォローでひとまずその場は収まり、悪魔は渋々と引き下がった。

 

「ところで、ライオネルといったかな。何か用件があって儂を訪ねてきたのかの」

「ああいや、これといって深い理由が……緊急の理由があって来たわけではないんだ。ただ、オーレウスという名の魔法使いがこの近くに居ると知って、会ってみようかと思って」

「ほう?」

 

 マーカスは口ひげをもさもさと撫で、面白そうに微笑んだ。

 

「魔法使いを志し儂を訪ねて来る者とは時々出会うが……儂よりも腕の立つ魔法使いが来たのは、親族の他では初めてになるのー」

「貴方も充分に強力な魔法を扱えていたように思えるが」

「なに、儂なんぞ弟にも劣る。まだまだ未熟なものさ」

 

 ほっほっほっとどこかベタな笑い声を上げ、マーカスは踵を翻して森の中を歩き出す。

 

「さて、こんな所で立ち話もなんだ。魔法使い同士、積もる話もあるだろう。茶と焼き菓子を用意するから、ついてきてくれ」

「おー、ありがとう」

 

 穏やかな方向に話がまとまり、オーレウスと話す機会を得られた。

 それにしても、オーレウスにお茶か。こういうのほほんとしたおもてなしも、やはり一族特有のものなのだろうか。

 

 


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