東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 オーレウスの末裔であるマーカスは、このナイル河流域に拠点を置き、魔術の研究をしているのだとか。

 少し離れた場所がすぐ乾燥地帯になっているので、木属性魔法の効力を試すにはとても効率が良いのだろう。私もよく木属性魔法の実験には砂漠を使っていたものだ。

 周辺に住む人間たちとは交流を築いていないようだが、たまに気まぐれに様子を見に行ってみては、橋を架けたりなんなりして、結局彼らの手助けをしているらしい。

 

「儂はあまり人が好きではないんじゃがな」

 

 とは言いながらも、結構おせっかいなマーカスである。

 世捨て人のような暮らしを長く続けてはいるようだが、人々の生活が気にならないということはないのだろう。

 オーレウスの人々は善人だから、つい手を差し伸べてしまうんだろうな。

 

 私はあまり、他人の暮らしを変に支えたりはしないけどね。

 最初はよくやってたけど、飽きたというかその必要を感じなくなったというか。

 少々生身の頃よりドライな性格になってしまった感があるが、私の記憶は掠れなくとも、そういった価値観の変化ばかりはどうしようもない。

 ミイラ云々以前に、長く生きていれば考え方も変わるのだ。

 

 

 

 

「“樵の呪い”」

 

 私は大きく育った何本かの大木に、紐状の呪いを投げつけた。

 呪いは大きな幹にするりと巻き付いて、固着する。

 しばらく待てば、呪いは強く輝いて収縮し、太い幹を一息で絞め切った。

 

「おおー」

 

 大きな音を立てて複数の樹木が倒壊し、そこには綺麗な木材だけが転がった。

 一応枝葉から上の部分も切り取ったけど、こっちの利用はマーカスに任せよう。適当に切り裂いて乾燥させて、薪にでも何にでもするといい。

 

「見たこともない魔法じゃの」

「ああ、初歩的な呪いだけど結構複雑な属性の構築をしているからね。あまりこういう魔法を作ろうって人はいないかもしれない」

 

 “樵の呪い”は、様々な魔力を組み合わせた魔法だ。

 樵と言いながらも、この魔法を作ったのは樹木も生えていないカンブリア期。当初は大きな石材や板材を確保するだけの魔法であった。

 

 私が見せた“樵の呪い”を見て、マーカスは興味深そうに頷いている。

 その後ろではドルアスがどこか引きつった顔を浮かべている。同じ樹木っぽい身体を持つ身として、伐採作業を見るのは複雑な気分になるのかもしれない。

 

「木材はこんなものでいいかな」

「うむ。ワシやドルアスでやるよりも綺麗な切り口じゃ。助かるよ」

「他に手伝えることがあればやるけども」

「構わん。元より、大して気にもしていないからな」

 

 マーカスの隠れ家に強引に侵入してしまった詫びをしたい。私はそう申し出たのだが、マーカスから頼まれたのは簡単な木材の採集であった。

 そんな簡単な作業はマーカスでも出来るはずだが、要するにこれは、形ばかりの頼みだったのだろう。

 隠れ家の隠匿性を最大限まで引き上げたい、とかだったら私もそれなりに気合を入れて望んだのだが、私の魔法の腕前を魅せつけるのが目的ではない。

 マーカスがそれで良いと言った以上は、私もそこでこの話はおしまいとしよう。

 

「ところでライオネル、話は変わるのじゃが」

「うん?」

 

 私が木材を浮かせて草庵の脇に放り投げていると、マーカスが頬を掻きながら訊ねてきた。

 

「そこの川や集落を見ている間、何か変わった動物を見かけなかったかの」

「変わった動物? とは?」

 

 川とはナイル川のことだろう。

 しかし変わった動物とはなんだろうか。

 変わっているといえば、ワニもカバもみんな変わってるけど。

 

「だいたい二十年ほど前から、この辺りで見慣れぬ動物を見るんじゃよ。見慣れぬと言っても、異形というわけではない。他の地域に行けば見られるようなものなのだが……」

「この近辺に生息しているはずのない生物がいる、と?」

「いかにも。羊や馬、カモメや猿もおったな」

「ふむ」

 

 なるほど。それは確かに変わっている。

 この乾燥地帯ではそもそも、野生の地上動物自体が珍しい。迷い込むようなこともほとんどないはずなのだ。

 今現在は紀元前五千年であるが、気候に氷河期規模の大きな変化はない。

 そのような多種多様な動物が同時に住処を追われるということも考えづらい。

 つまり……。

 

「それは、もしかしたら動物ではないのかもしれないなぁ」

「ほう、動物ではない?」

 

 私はマーカスの言葉に頷いた。

 

「神族や魔族には、他の動物に姿を変える者も多い。ひょっとしたらその動物たちは、そういった神的な存在なのかもしれない」

「……もしやとは思ったが、やはりそうなのだろうか」

「同じ神族や魔族から逃げるのであれば、動物の姿を取るのはとても効果的なんだよ。彼らは基本として、地上で生まれ育った生物に深く干渉することはないからね」

 

 神族や魔族は、動物など眼中に無いということだ。今現在の動物たちは知能も低いし力も弱い。はっきり言って、神々や魔族の相手ではない。

 しかし逆に言えば、動物に化けることで神族や魔族から逃れる手段にはなる。

 この近くを動物の姿でうろついている者たちは、きっと何かから逃げたり、隠れたりしているのだろう。

 

「放っておいても、特に害はないはずだ。彼らの不格好な変身も、落ち着く場所を見つければ自分で解くだろうし」

「ふむ……ならば安心だ。よし、では気にしないことにするか」

「そうそう、それがいい」

 

 例えそれが魔族でも、知的で分別をわきまえているのであれば問題はない。

 変身して慎ましく逃げているのであれば、きっと摩擦だって起こりにくいだろう。

 

 私が留守にしていた間、粗野な魔族たちの心にも変化が生じたのかもしれないな。

 

 

 


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