東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 薄々感付いてはいたことだが、おそらく、私には寿命というものがない。

 数千万年も変わらずミイラをやっているのだ。これは、もう後の何千万年も変わらずにいるだろうということは、楽観でしかないにせよ、想像に難くない。

 とはいえ、死なないのかといえば、それは微妙なところである。

 人間だった頃を含めて、私は死んだことがない。なので私にも、私が死ぬかどうかはよくわからない。

 

 長い年月の間、自らの身に降りかかってきた数々の、自然災害という名の不幸を被っても、まだこうして無傷であるので、恐ろしく頑丈ではあるのだが。

 とて、ビッグバンをこの身に受けて死体らしくピンピンしている自信があるかといえば、全く無かった。

 

 これから永く生きていれば、きっと、人間だった頃の私の時代を目にすることとなるだろう。すなわち、一部の霊長類、ヒトの台頭だ。

 のんびりと古代旅行を満喫してきた私だが、その中で、決して少なくない数の生物を、研究目的で殺めてきた。地球上でたったひとりの虐殺者がいたところで、種族という大きな括りではこれっぽっちも影響はないのかもしれないが、しかし、長い目で見てどうなるかは、私にもわからない。

 

 私が何を心配しているのかというと、アノマロカリスをボイルしまくったせいでヒトが生まれない、という可能性も、もしかしたら、あるのではないか……ということだ。

 私は博愛主義者ではない故、殺生に抵抗はないのだが、ヒトの歴史が大きく変わるような生物群の変動が起こるのは、ちょっと困る。

 なので、つい先ほどまで、魔界に様々な生物を大量に移住させようとか考えていたのだが、すぐに思い直すことにした。

 

 ……絶滅する予定の生物だからといって、それをまとめてかっさらって良いとは限らない。

 私がよく知る生物が、かつて絶滅した奇っ怪な生物の子孫なのかもしれないからだ。

 

「やっぱり、自分で作るのが一番かなぁ」

「何をですか?」

 

 私の零した独り言を、煉瓦に彫刻を施していた神綺が器用にキャッチした。

 

「うむ、ちょっと、魔界の住民について考えていてね」

「うーん……生物の創造、ですか……なかなか上手くいきませんよねぇ……」

 

 気が向いたのか、手のひらをかざして神綺が力を込めると、そこにポン、とマヌケな音と共に、例のアホ毛生物が発生した。

 もう何百、何千匹目かわからない、魔界の隠れた先住民である。

 

「私が創っても、思うようにいきませんし……」

 

 浮かない顔で悩んでいるけど、神綺の言う“思うように”という言葉の元のイメージが私にはわからない。

 今もなお床で反復横跳びを繰り返してるこの逞しい何かは、一体何を手本として生み出したのだろう。

 もしもモデルが私だったら数百年間くらい立ち直れそうにないので、未だに聞いてはいないけども。

 

「ライオネルが修めた魔法で、何とかなりませんか?」

「私の魔法か」

 

 魔法、魔術。

 切ったり叩いたり、焼いたりしばいたりは、いくつかの編み出した魔法もあるし、得意である。

 しかし、生物を創ったり、生物を操ったりといった魔術は、そう多くない。

 というのも、まだ操るほどの立派な脳みそを持った生物が地球上に存在しないからだ。

 

「うーん、月魔術は駄目だし……となると、触媒魔術……いや、魔法生物……?」

 

 何かいい案はないものかと考えていく内に、二転三転してゆく。

 生物の創造。生物の生成。そのためには、何が必要か。

 いや、そもそもただの生物で良いというわけでもない。私達が欲しいのは魔界の住人であり、決して歩くアホ毛だとか、歩くアノマロカリスなどではない。

 できれば人型。人型の、ヒトっぽい、知能もあるような、そんな生物が欲しいのだ。

 そういった生き物たちに魔界に住んでもらって、慣れてきたら渓谷に作り上げた街にきてもらい、私が彫りあげた素敵なパン屋さんでバケットを焼いてもらうのだ。

 

 しかし、ヒト型の生物は、今の地球上には欠片も存在しない。

 飼って芸を仕込んでパン屋さんをやってもらうというのも、不可能な話なのだ。

 

「うーん、研究のためにも、一度地球に出向く必要があるのかも」

 

 

 


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