東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「よいしょ」

 

 私はドッキリ大成功もビックリなくらいそっくりな看板を地面に突き立てると、それを魔法で固定した。

 

「お手伝いしましょうか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。こういうのも私の仕事だしね」

 

 後ろからは手伝いたそうにそわそわと手を擦る小悪魔ちゃんが覗き込んでくるが、この設置作業は私の役目である。雑務大好きな小悪魔ちゃんに割り振ることはできない。

 

 数分ほど作業していただけだが、さすがは魔都の中心地である。行き交う人々の目が凄まじい。

 まあ道のど真ん中に立て看板を置こうというのだから、目立つのは当然だ。そもそも“お触れ”を出そうというのだから、この看板には目立って貰わなくては困る。

 

「法が変わる……?」

「へえ、よそ者が減るということか」

「面白い。丁度近頃は成り上がりの多さにうんざりしていたところだ」

 

 看板の内容は、道行く悪魔達に概ね好意的に受け入れられている。

 設置する私の傍に有名な小悪魔ちゃんが立っているので、その内容は疑われてもいない。

 まして、看板に“神綺”の名が書かれているのだから。

 

 

 

 “魔都の法が変わります”

 “これより、外界からの悪魔受け入れ制度は廃止されます”

 “既に悪魔となっている方々は、これまで通りの方法によって位階の返上が可能です”

 “悪魔の位階を希望する方々は、紅魔館を訪ねてください”

 “あと、時々見回りにくるので、いい子にしててください”

 “いい子にしてないと怒ります”

 “神綺”

 

 原文ママである。

 もちろん、この内容の前半部は私が考えたものであり、神綺が記したのは取ってつけたような後半の脅し文句だけだった。

 

 内容は簡単だ。

 少々ぼかした表現ではあるが、外界からやってくる魔族に対して“契約の呪い”を自動で付与する魔界の機構を解除しようというのが、今回のこのお触れの中身である。

 既に時計塔の地下には充分な魔力が貯蓄されたし、まだ魔都も広く余裕はあるが、無尽蔵に悪魔を取り込み続けるというのも面倒くさい。そもそも、地上に召喚される悪魔の数には一定の限度もあるのだ。悪魔たちが地上に召喚されて羽を伸ばす機会は、出来る限り均等に与えられるべきだろう。

 

 それに、別の思惑もある。

 

「あのー、ライオネルさん?」

「ん?」

「この法を適用するとなると、もしかして……紅魔館の名簿管理が、ものすごくヒマになっちゃいます……?」

「あー」

 

 仕事が減る。生活事情というものを考慮しなければ、それは一般的にはいいことだ。

 生身だった頃の私はそこらへんの頓着がなかったが、休みが増えれば嬉しいのは当然のこと。

 しかし、心配そうな顔で看板を見つめるこの小悪魔ちゃんにとって、紅魔館での仕事は非常に大切なライフワークなのである。

 今回の変更は、現状ヒマを持て余している小悪魔ちゃんを更にヒマにさせてしまうだろう。しかし……。

 

「ごめんよ。おそらく……そうなるだろう」

「ぬー」

「申し訳ない。こればかりは私にも、どうしようもないことなんだ」

 

 今では魔都もすっかり落ち着いてしまい、違反者も少ない。

 腹に一物抱える悪魔はそれこそ大勢いるが、むざむざ尻尾を掴ませたり、真正面から契約に違反するような小物は、既に地下に叩きこまれてしまったのだ。

 取り締まりを仕事の一つとする小悪魔ちゃんとしては、非常に退屈な日々であろう。

 これからは一層やることがないとなれば、また彼女の睡眠時間が増えてしまうかもしれない……。

 

「……ああと、そうだ、じゃあ……うん、こうしよう」

「ふぇ?」

 

 もはや半泣きだった小悪魔ちゃんを慰めるため、私は魔都の機構に手を加え始めた。

 本来なら時計塔の内部に入って操作しなければ面倒なのだが、魔界において実際の距離などはあまり重要にはならない。

 

「事務手伝いを要求するような召喚があった場合、その召喚は優先的に小悪魔ちゃんが取れるようにする」

「!」

「今までのように魔都のための仕事ではないけど、小悪魔ちゃんも立派な悪魔だ。たまには実際の悪魔として、外界に出て働いてみるのも悪く無いだろう?」

「は……はいっ! 嬉しいです! すごく……すごく嬉しいです!」

「おお、それなら良かった」

 

 小悪魔ちゃんは背中の羽根をバタバタとはためかせ、満面の笑みを浮かべた。

 魔都の管理の方が好きなんじゃないか、とも思ったが……どうやら彼女は、似たような事務仕事なら何だって好きなようである。

 

 であれば、適材適所だ。魔都に仕事が無いのであれば、外に出て召喚者のために働くのも悪魔の務めであろう。

 

 

「どれほどの召喚があるかはわからないけど……きっと、ゼロということはないはずだ。外界からの喚び出しに応えたなら、それが神族であれ人であれ、ちゃんと役目を果たすのだよ」

「はい!」

 

 うむ、と私は大きく頷き、元気よく返事をした小悪魔ちゃんの頭を撫でてやる。

 すると彼女の側頭部から生えるミニマムな翼がピコピコと揺れ、彼女はくすぐったそうに微笑んだ。

 

 

 

 ……さて。こうして魔都は、新規の外界からの悪魔の参入をひとまず廃止した。

 これは、地上に大きな混乱をもたらさないための策である。

 

 これからは、人が栄える時代が訪れる。人の増加によって、地上に存在する神族や魔族は敬われ、おそらくではあるが、力を手にするはずだ。

 人による信仰の力は彼らを満たし、それは穢れから魂を保護し、その身を癒やす糧となるだろう。

 遠からず、地上の神魔共はその身の振りを、人ありきのものに変えてゆくのだ。

 

 今、人を交えた神話の時代が始まろうとしている。

 

 


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