東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 二人の女性のうち、金髪の子は以前も会ったことがあるのでさほど驚いてはいなかったが、もう一人の黒髪の子の方は少々戸惑っているようである。

 最初、私は彼女が目隠しをされたまま“何? 何が起きてるの?”と狼狽えているのかと思っていたのだが、しかし彼女は不思議な事に私を視認できているらしく、両目を隠されたままの状態で私を見つめ、怪訝そうに顎に指をやっているのだった。

 

 目隠しされた状態でも、私が見える。これは魔力的な見方をするのであれば何ら不思議な状態ではない。

 時空を超えた異界から、過去に存在しているのであろう私を見つめている。これもまた、ある一定の強運をもってして、正確な手順を踏めば問題なく行えることだろう。

 しかし重要なのは、既にその強運を金髪の彼女が二度も引き当てているであろうということだ。

 

「む」

 

 私が魔法的な考えに没頭していると、目隠しをされた女性が懐から手帳を取り出して、万年筆で何やら書きなぐっていた。

 目隠しされていても書けているあたり、やはり彼女にはこの状態にして何かが“見えている”のだろう。

 

『“あなたは誰ですか?”』

 

 手帳に記された言葉は簡潔で、私の素性を問うものであった。

 彼女らの疑問も当然である。きっと彼女たちからしてみれば、私は得体の知れない切れ目仮面でしかないのだから。

 だから私は、一枚のプレートを掲げて簡潔に答えることにした。

 

「“私はこの世で最も偉大な魔法使いです”」

 

 すると、黒髪少女の手から万年筆がぽろりとこぼれ落ちる。

 手元を離れた万年筆は私の視界から消失し、同時に彼女らの知覚域からも脱したようで、二人は激しく慌てていた。

 

 ……なるほど。何らかの力場を使ってここへ来たのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

 彼女らはおそらく、彼女たち自身の固有の能力を使用してここまで飛んできたのだろう。

 先ほどからずっと行われている目隠しも、その能力を使用するための条件になっているのかもしれない。

 

 仮に金髪の彼女の力を“境界線を見極める能力”だとするならば、黒髪の彼女は“過去を見る能力”であろうか。

 だとすれば、金髪の子の手を通して魔力的に過去を見たことにも説明がつきそうである。

 

 と、そこまで考えて二人はようやくペンを拾うことを諦めたようだ。

 仕方ないことである。自身の能力の外側へと転がった物は、そう容易く回収することなどできるものではない。

 特に、自らが制御しきれない不安定な場所で損失したものであるならば、尚更に。

 

「“これで会うのは二度目になるね”」

 

 向こうが筆談できなくなった以上、今回もまた私からの一方通行なコミュニケーションとなってしまう。

 金髪の子は、おそらく私に対して質問できないことを大層残念そうに、俯きながら首肯してみせた。

 

「“もしかして、君たちは私に会いに来たのだろうか?”」

 

 私が気まぐれにそのプレートを掲げると、二人はほとんど同時に首を横に振った。

 その仕草からは、私に対する執着がさほど深くないことが窺い知れる。どうやら私に遭遇したのも、偶然の賜物だったようだ。

 

 ……とはいえ、完全な偶然であるとも考え難い。

 前回のように寝ぼけて、ならばともかく、今回は二人揃って、しかも目隠しなんて不自然な状態のままやってきたのだ。

 半透明な彼女たちが故意にこの世界に紛れ込んだのは明らかであろう。

 

「“あまりこういう冒険は感心しないのだが”」

 

 魔法的な知識が深いのであれば問題は小さい。

 しかし、金髪の子は前回、魔法など知らないようなことを言っていた。仮に魔法でなくとも、魔力に関わる知識もなしにここまでやってくるのは非常に危険である。

 二人はまた前回と同じように舌を出しながら、てへっと笑う。そこそこ可愛いだけに、その明らかに“反省してません”というような仕草がちょっと癪だ。

 

「“不思議なものが見たいなら、魔法について勉強しなさい”」

『……』

 

 はぁーい、と気のない返事をしていそうなボディランゲージである。

 二人揃って息があっているというか、仲の良いことだ。しかもこんな空間にやって来てまで、全く怯えがない事にも驚かされる。

 

『!』

 

 なんて考えているうちに、金髪の子がうっかり手を離してしまったためか、黒髪の子の姿が目の前から消えてしまった。

 そしてそれに釣られるように、金髪の子の姿も急速に歪み、霧散してゆく。

 

 おそらくこれは、彼女達二人で構築できていた能力が形を崩してしまった結果なのだろう。

 前回よりも唐突で、早すぎる別れであった。

 

「……やれやれ。未来は一体どうなっているのだか」

 


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