東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は、地球へ赴くことにした。

 今度はしっかり準備を重ねた上での出発なので、前回のように無計画な旅立ちではない。

 とりあえずはと、いくつかの荷物を持った上での、万全を期した状態である。

 

「また、行かれるのですね……」

「……ああ」

 

 別れ際、神綺は涙ぐんだ目で、私の見送りに来てくれた。

 

 確かにここは自在に物を創造できるし、話し相手の神綺もいるので、退屈はしない。

 過ごそうと思えば、あっというまに何万年も経ってしまう。きっと神綺と一緒なら、私は遥か未来の人類史まで、苦もなく過ごすことはできるだろう。

 

 しかし、私には魔術という、ひとつの生きがいがある。

 

 魔術は内なる魔力を操舵する方法もあるし、魔界でも当然使えるものではあるのだが、あいにくと月や金星などは存在しない。

 星々の力を借り受ける魔術の場合には、どうしても外界へと行かなければならなかった。

 

 それに、外界には原始的とはいえ、数多くの生物がいる。

 魔界に生物を、果ては人を住まわせるという目的を達成させるためには、どうしても生物の傍らで研究しなくてはならないのだ。

 

 持ち物は、この日のために何ヶ月もかけて創った、純金製の道具類が揃っている。

 成金趣味と罵ることなかれ。純金は長期間錆びることはなく、非常に安定した金属なのだ。

 私の限りなく長いスパンの生活において、この素材をチョイスしたのは実用性を重視してのことに他ならない。

 

 ……もちろん、見た目の良さもあるけどね。

 今日のために、神綺と一緒に色々な彫刻を施したから。

 

「次お会いするのは、いつになるのでしょうか」

 

 神綺の表情は浮かない。

 私も、ミイラ顔だけれど、気持ちは同じだ。

 

 とても長い間、彼女と一緒に過ごしてきたのだ。

 一時の別れとはいえ、これまでの楽しい生活から、相棒が一人減る。しばらく孤独を忘れていた私にとって、今日から始まる旅は辛いものになるだろう。

 

「大丈夫、次も必ず会えるから」

 

 でも、と、私は神骨の杖を掲げて、彼女に見せた。

 

 前回、私の迷走を救ってくれたこの杖ならば、再び魔界へ戻ることも可能だろう。

 やり方は同じで良い。月食を待ち、術を敷設し、その時を狙って、一気に扉をこじ開けるのだ。

 願いが叶えば、ここへ戻るのは容易なはずである。

 

「信じて、待っていますからね」

「うん。申し訳ない。また、ここの留守をお願いするよ」

 

 目的は二つ。

 生物の研究と、魔術の研究だ。

 数千万年の歳月を掛けて、外の世界も大きく変わっているだろうと思う。

 新たな生物や素材との出会いは、それなりの時間をかけながら消化してゆくしかない。

 次にまた神綺と再会するのは、同じく数千万年後……だとしても、あまり不思議はなかった。

 

 

 

「扉よ」

 

 原初の力によって、外界への扉を創りだす。

 それと共に白い靄のようなゲートが生まれ、私の正面に広がった。

 

 ここをくぐれば、当分は神綺ともお別れだ。もちろんその気になればすぐに戻ることも可能だけど、向こう側から帰り道を作る都合上、最短でも百年はかかるだろう。

 

 百年。魔界では短い時間だが、こうして考え直してみると、超大な時間である。

 人間にとっての一生よりも随分と長いくらいなのだ。失念しがちだが、短いはずはない。

 

「また、一緒にビールを飲みましょうね!」

「ああ、また今度、乾杯しよう」

 

 神綺は涙を浮かべながら微笑み、私は小さく頷いた。

 事前準備は、整えるだけ整えたのだ。あとは一歩を踏み出すのみ。

 

 未練をたらたら引きずって旅立つのも格好がつかん。

 私は勢い良く、一気に扉をくぐり抜けた。

 

 いざ、地球へ。

 

 

 

「おろ?」

 

 そして私は、一面真っ白な世界へと躍り出た。

 しょーりゅーけん、とでも言いそうなポーズで、空中に固まっている。

 

 視界は、ホワイトアウト。しかし目を凝らせば、それが隙間なく吹きすさぶ大雪であることに気がつけた。

 

「ギャァアアアアアア!?」

 

 強烈な吹雪によって自らの手さえ見えない。

 視界を白に埋めつくされた中、ただただ、私は絶叫しながら落下する他に、術はなかった。

 

 

 

 これが、私が長い人生の中で初めて体験した氷河期である。

 

 

 


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