東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「いや、本当にありがとう。とても良い取引だった」

「こちらこそ。魔界とはこれからも末永くやっていきたいものだ」

 

 お互いにたっぷりと品物を選び、交換し、交渉し……かつてないほどの長い時間をかけて、私とクベーラとの取引は終わった。

 取引は、品目数にして千を超える。クベーラは魔界の独自の時間の流れが育んだ工芸品と魔都の怪しい品々を、私は神族の華美な作りの品や魔法的な道具たちを手に入れたのである。

 

 特に私が買い取ったものとして、魔法的な品々は興味深い。

 私の目に入っていなかった神族たちの魔法の歴史や進歩を見ることができるのだから。

 

 そしてクベーラの方もそこそこ魔法に縁のある品を気に入ってくれたらしく、特に“だいたい何でも願望を実現させるプライスハンマー”などは好評であった。

 見てくれはただの木槌だが、絶望的な魔力燃費の末に発揮する効力は絶大で、一振りで神族の力と見紛うほどの汎用的な創造能力を発動させる。

 体裁だけ整えて、部下か何かの土産にするとかなんとか。

 

「急がなくても良いから、壊さないよう慎重に入れてねー」

「は、はいっ!」

 

 無限に収納できるらしいクベーラの荷物袋には、今もなお悪魔達によって品々が収納されている。物が多いだけに、まだまだ時間がかかりそうだ。

 あの悪魔も可哀想に。神綺から慎重にとは言われても、彼らの作業を待っている現状では、どうしても“急がなくては”って思っちゃうだろうなぁ。まぁ、それが彼らの仕事なのだし、別に良いんだけど。

 

「……して、ライオネル。実は、いくつか訊ねたいことがあるのだが」

「うん? 何だろう」

「我々天界の領域とは少々違い、これは地獄から伺いたいことなのだが……」

「地獄。また懐かしい地名が。まだしっかり稼働しているのかな」

 

 地獄と聞いてクベーラの後ろにいる神綺から表情が抜け落ちた。超怖い。

 まだコンガラの事、怒っているのだろうか。怒ってるんだろうなぁ、あの顔からして。

 

「うむ、もちろん地獄は運営されている。むしろ最近は、規模が広がりすぎているきらいもあるほどだ。……だが、地獄のほうで行方を掴めていない者が何人かいるらしくてな」

「ほう? 地獄で行方……それは魔族とか、そういうお尋ね者ということか」

「いかにも。どうしても地獄に落とさねばならない者が、何人かいるらしいのだ。そいつらを追い続け、地獄からの使者が忙しなく動いているが……どうも、難儀しているようでな」

 

 ふむ、つまりこれはアレか。

 

「そういった魔族が魔界に逃げ込んでいるかもしれないから……ということか」

「いかにもその通り。……以前の締結した和平もある。地獄は魔界に対し、無理矢理に踏み込むことは出来んからな」

「ふむふむ、そういうことであれば、魔界も協力するとも」

 

 勝手に魔界の住民や悪魔を持っていかれるのは非常に癪だが、向こうの事情を酌まないわけではない。

 もしも秩序を乱すような酷いお尋ね者が存在するというのであれば、魔界側としては協力を惜しまないつもりだ。

 魔界は国際的な異界なのである。

 

 というか、地獄が追いかけるようなヤバイ奴がいるというのであれば、そんな存在はこっちでも早めに把握しておきたいところ。

 いつの間にか魔界を荒らされるのは嫌だしね。既に魔都への自動送還機能は切ってあるし……。

 

「炉には何ら問題はない。あくまで、地獄側が看過できぬと定めた罪人を処罰し、幽閉したいのだ。なのでそういった連中は、こちらの魔界の方で扱ってもらっても構わない」

「生死問わずということか」

「そういうことだ。地獄は罪を裁く場所であるが、魔界にも魔界の法があるだろう。そちらで裁いてもらっても構わないということだ」

 

 法……そういえば魔界に悪魔以外の法なんてないけど、うむ、わかった。

 お尋ね者は極刑でいいんだな。了解である。

 

 私が頷くと、クベーラはどこかほっとしたような顔で微笑んだ。

 どうやらこの頼みごとも、彼の重要な仕事の一つであったのかもしれない。

 

「まぁ、近々罪人の名簿を送らせるつもりだが……今のところ、地獄が追っている中で最も緊急性の高い罪人は、羿(げい)という神族くらいだと言っていたな。赤い服を着た、弓を扱う男だという。魔界で見つけ次第、処理してもらえると助かる」

「おお、なんか罪深そうな名前だ。覚えておこう」

「こちらの都合で、わざわざすまんな。色々と扱いの面倒な者がいて、苦労するのだ」

「ははは」

 

 取引は上手くいった。多分、恩も売れた。

 このまま取引を反復し、魔界の文化を広め、次第に交流を築いていけたら良いなと思う。

 

 


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