東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 数千年前から、月の都は定期的な襲撃を受け続けている。

 

「ヤゴコロ様、いかが致しましょう」

「ヤゴコロ様」

 

 そして襲撃が起こる度、私はその対処に追われることになる。

 ただでさえ進めておきたい研究が溜まっていて、輝夜の相手もしなければならないというのに……襲撃時にやってくる多忙さは、ここ最近の私にとっての悩みの種だ。

 思いを兼ねるのが私の本分ではあるが、私の他に頭を働かせてくれる人はいないのだろうか……。

 

「前回撃退した時にはわざわざ月の都にまで直接やってきてくれたけれど……今回は地球からの直接長距離射撃、か」

「迎撃に出ることができません」

「このままでは防備の耐久も……」

 

 斥候役を買って出た二人は、顔を青くして俯いている。

 意気揚々と手柄を立てに行こうとしたところ、迎撃しようのない一方的な攻撃に遭ったのだろう。

 “任せてくだされ”と大口を叩いていたあの自信はどこにいったのか。萎縮するにしても、煩わしいから顔には出さないでほしいものだ。

 

 

 

 そう。月の都は、今まさに襲撃を受けていた。

 

 敵は地球で生まれ育った最悪の妖魔、“純狐”。

 最初は月の都に乗り込んで直接攻撃。迎撃システムに引っかかったので対処は簡単だった。

 二度目は防御機構を突き破り、第四網まで突破したが第五辺りで脱落。

 三度目の襲撃もあったようだが、事前に用意しておいたダミーの星に騙されてくれたおかげで迎撃するまでもなく対処成功。

 その後四度、五度と襲撃は幾度と無く繰り返され……今に至る。

 

 純狐は非常に強い力を持った妖魔だ。いや、もはやあれは神霊と呼ぶべきか。

 年月を経て襲撃を繰り返す毎に、純狐はより洗練された力を携え、手法を変えて都を攻めてくる。

 

 その執着の原因は月の都にあるし、執着を強固にしてしまったのも我々が原因だろう。

 あまりにも煩わしいからと、一度殺してしまったのが全ての過ちだった。

 純狐は、霊魂だけになっても引き千切られること無く自らの存在を独立させ、生前と何ら変わらない姿を復元して再度襲来してきたのである。

 そして死して怒りに火がついたのか、以降の襲撃からは年々激しさを増すばかり。

 フェムトファイバーで縛り付けて永久に地中深く封印する他手立てが無い、と言いたいところだけど、厄介な能力を持っているせいでそれも難しい。

 

 歯がゆいことではあるが、純狐がやってくる都度迎撃する他に、月の都には選択肢がなかったのである。

 

「……では、緩衝防衛機構の使用を許可します。速やかに装置を作動させ、地上からの爆撃を防御しなさい」

「緩衝防衛機構……そのようなものが」

「以前手慰みに作った装置です。作動させれば、しばらくの間は相手の攻撃をほとんど無害なレベルにまで分散できるでしょう」

「おお……! さすがはヤゴコロ様!」

 

 二人は過剰に喜んだり驚いたりしているが、二人に教えた防御機構はとても実用に足らない粗末な代物だ。

 有り体に言って、人前に出すことも憚られるような失敗作である。

 純狐が装置の存在に気付けば、すぐにでも対処法を編み出して突き破ってくるだろう。

 あくまでこれは応急処置に過ぎない。

 

「ふう……こうも襲撃が続くと、さすがに気疲れしてくるわね」

 

 使えない斥候の二人は部屋から走り去り、静寂が戻ってきた。

 月の都の人々は些細なことで警報を鳴らすものだから、いつも“何事か”と気を張り詰めてしまう。

 純狐の襲撃など、いくらでも対処のしようがある。私にとって心臓に悪いのは、むしろ都が発する過剰な警報と、けたたましく鳴り続けるメッセージ音だ。

 

「ま、原因を作った者として、受け入れるしかないのかしらね……」

 

 椅子に深く腰を下ろし、丸く刳り抜いた窓の外から暗黒の昼空を見上げる。

 黒い空には大きな青い星が浮かび、纏わりつく白い雲は神経質なほど忙しなく形を変え続けていた。

 

 

 

 純狐が月の都を襲撃し続ける原因。

 それは、月の都が匿う……いや、“幽閉”し続けているある神族が全ての元凶であった。

 

 元凶たる囚われの神族の名は、嫦娥。

 かつて天界に生きていた神族の一人であり、サリエル様と同じように堕天を余儀なくされた不幸な女神だ。

 

 天界に戻れず、月の都へ亡命に来た所を我々が確保し、それ以来“罪人”扱いとして月の都の僻地に押し込めている。

 ただの神族であれば、快く神の一柱として受け入れることも吝かではなかった。

 しかし彼女は完全な“蓬莱の薬”を飲んでおり、“蓬莱の薬”を服用することは都にとって最大級の罪だ。

 

 ――蓬莱の薬。

 それは服用した者が老いる事も死ぬ事もなくなる、正真正銘本物の“不老不死の薬”。

 この薬の製作者は私であるが、作ること自体は罪ではない。

 穢らわしくも生に執着して飲むことこそが罪なのであり、故に嫦娥は罪人となったのである。

 

 彼女は幽閉され、今もなお堅牢な施設の中に囚われ続けている。

 そんな彼女は奇しくも、嫦娥もまたサリエル様と同じ“月を司る能力”を持っていた。

 堕天した神族。月を司る力。

 それだけを聞くと、まるで嫦娥はサリエル様の生まれ変わりのようであるが……。

 

 嫦娥はサリエル様とは違う。

 

 いいや、あの方と比べることすら痴がましい。

 

「……あの女は、決して誰にも渡さない。あれは、死ぬことさえも生ぬるいのだから」

 

 

 

 嫦娥が服用した蓬莱の薬は特別製で、元々は2つの薬であった。

 

 あの薬は本来、“地上に生きる羿とその妻”のために用意したもので、元々二人分の神族を延命させるために作ったのだ。

 1つを飲むだけであれば、薬は蓬莱の薬としての“完全な不老不死”を示すことなく、穢れながらも地上で生き続けるに充分な作用を齎していただろう。

 私はその二人のために、羿に薬を渡してやったのだが……。

 

 あろうことか、2つの蓬莱の薬は両方共に嫦娥が飲み干してしまったのである。

 

 羿は妻と生きる事を願って、私から2つの薬を受け取った。

 私は事前に“両方飲めばより完全な、天界神族のような不老不死になれる”と彼に言ったけれど、それでも羿は完全な不老不死は求めずに、嫦娥と地上で生きる事を善しとした。

 

 私は、地上に落ちても尚、妻と共に生きようとする彼の真摯な心に感銘を受けた。

 彼は地上を彷徨い続け魂が穢れきっていたが、その心は素直に美しいと思えたのだ。

 

 天界での栄華など必要ない。愛する者がいればそれで構わない。

 

 月の者の前では言えないが……なんと素晴らしい、純粋な愛だろうか。

 

 

 

 だが、嫦娥はそんな彼を裏切った。

 

 薬を持ち帰った羿から蓬莱の薬の両方を飲み干して、彼女は一人だけで完全なる永遠を手に入れようとしたのである。

 

 地上には羿だけが残され、嫦娥は月へと昇った。

 

 一昔前に、羿は地上の穢れた諍いに巻き込まれて死んでしまった。

 かたや嫦娥は、今でも永遠の命を持って生き続けている。

 

 ……愛した者を裏切り、蹴落とし、生きる。

 なんと罪深く、穢らわしいことだろうか。

 

「純狐、貴女に嫦娥を殺させるわけにはいかない」

 

 襲撃者の純狐は、言ってみれば月の都にとって赤の他人である。

 しかし彼女が付け狙う嫦娥は、月の都にとって……私にとって、許されてはならない永遠の咎人だ。

 

 嫦娥を裁くのは月の都だ。

 故に、嫦娥は私が守り続ける。

 

 彼女は決して許さない。

 そう、永遠に。

 

 


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