東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 氷河期が終わったのか、急速に氷が溶け始めたらしい。

 地上で何が起こったのかはわからないが、突如としてこの地球に、何らかの大きな力が降り注いだのは確かである。

 それが隕石か、なんとかフレアか、そこら辺は私にはわからないのだが、とにかく大きな異変が訪れたのは確かである。

 

 長い年月、時間もわからぬまま氷と一体となり続けてきた私にはわかる。

 氷が……私が……溶けてゆくのが……。

 

 

 

 とまぁ、ちょっと深刻そうな事を口走ったけれども、私は問題ない。別に正気も失ってはいない。

 ただちょっと、氷と共に過ごす時間が長すぎて、ボケていただけ。

 

 どれだけ掘っても常に真上から新たな氷が落ちてくるので、何年もやるうちについに脱出を諦めてしまったが、そのおかげとでも言うべきか、私は数字に強くなってしまった。

 何故氷の中で数字に強くなるのか。その理由については、語るまでもないだろう。

 ただひとつ、一度記憶したことを忘れない私の頭があってこそできる事ではあったのだ、とだけ、言っておこう。

 

 ともあれ、私はまたひとつ妙な特技を身につけた上、脱出の機会を得た。

 身体に不調はなし。時間がかかりすぎたことを抜きに考えれば、特に痛くも痒くもない拘束期間であったように思う。

 神綺のことは気になれど、特にこれといった変更はない。いつに帰るかは言ってなかったし、どうせ長くなるであろう人生なのだ。それまでは、今を楽しむとしよう。

 

 

 

「おお……」

 

 地上に出た私は、山の上から辺りを見回して、そして感嘆の声を漏らした。

 しかし、これも仕方あるまい。

 

 なにせ、私の視界の隅に、陸上に上がって繁栄する植物特有の緑色があったのだから。

 

「ついに植物かぁ」

 

 アノマロカリスと共に過ごしていた時、海には藻のような生物がいくらでも自生していた。

 しかし、地上に出た植物というものは限られていて、あったとしても緑色をしたカビのような、その程度の存在であった。

 それが、今では地上に出て、苔のような、シダのような生物として、仄かに繁栄している。

 今更だけど、途方も無い時間が流れたのだと、時の進みを体感できた。

 

 

 

 ぱっと目についた地上植物を分析し、早速調査を行う。

 調査と言っても科学的なものではなく、私独自の魔術的なものだ。

 なので、多分現代の感覚とは全く違った調査になっているだろうと思う。逆に私に近代的な方法でやれと言われても困ってしまうけれど。

 

「おお、これは……触媒にすると地属性か。水じゃなくなるんだなぁ」

 

 海の植物は水属性だったけど、地上の植物は地属性。これはわりと、大きな発見である。

 なにせ、今まで見てきた生物は全て、触媒にすると水の様相しか呈さなかったのだ。地属性としての傾向を持つ素材が、実の所一部の岩石にしかなかったので、数が増えてくれる分にはありがたい。

 

 ちなみに今最も不足しているのは、火属性の触媒である。

 植物も化石燃料も無い世界だ。燃える物が存在しなければ、例え雷が落ちたとしてもなかなか燃えるものではない。

 その上、これは酸素濃度の問題なのか、思うように自然の火も灯らない。

 今のところ唯一触媒となるものが一部の硫黄化合物のみなので、植物にはもっと進化してもらいたいものだ。

 

 

 

 新たに増えたものといえば、その程度。

 植物は陸に上がった。けれど、逆に海中の生物は様変わりしている。

 多分、氷河期の影響があったのだろう。水中にいる生物の多くが私の知らないものとなっており、興味は唆ったが、逆に悲しさもこみ上げてきた。

 調べていく内に、氷河期によって絶滅した種類も判明するのだろう。それを知る時がいつかやってくるのだと思うと、胸が締め付けられるような気分になってしまう。

 

「……まぁ、良いか。どうせ生物は進化するんだ」

 

 いずれ、今現在海中に存在する全ての生物が消滅するだろう。

 形を変えて、と言えば優しいかもしれない。けど、間違いなく原型を留めないくらいに変化して、彼らは消えてしまうのだ。

 私は彼らの多くを知っている。その性質や、習性など。何年もかけてつぶさに観察してきたそれらが、全て消えてしまう。

 

 

 

「……」

 

 私は、生物の研究を始めることにした。

 彼ら生物というものを魔術的に究明し、魔界の住人を生み出すために。

 

 

 

 ちなみに、純金製の道具類は全部おしゃかになりました。

 本来なら氷河期で氷の中だろうが何だろうが錆びないはずだったんだけど、魔界からこちらに移った瞬間に、何の影響か変質したらしく、全て黄鉄鉱に変わってしまったのだ。

 これらは火の触媒にはなるんだけど、劣化が早く、今では道具のひとつも残っていない。どうにも損した気分である。

 

 


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