私の中でもかなり優秀である月魔術、“月時計”が進化した。
進化、というよりはより洗練されたと言うべきだろうか。要は、私が観測し続けた天体の詳細なデータを術に組み込み続ける事によって、これ以上無いほどに詳細なプラネタリウムを作成できるようになったのだ。
星の見えない曇天の夜などにこれを使えば、見た目だけなら擬似的に夜空を作ることも可能。
最初は頭上にちょっとした惑星図を映すだけだった“月時計”も、今では月の要素が月魔術を使用していることくらいしか見いだせない。
その上、この“月時計”には私が天体を利用した魔術を使う際に必要な惑星の並びなど、二次的な情報も表示してくれる。
無数に存在する星々の位置から、今現在の位置において最も効果的な術の構築法を示してくれるという、非常に便利な機能である。
便利とはいっても、これらは全て私の丸暗記が成せる業だ。多分、遥かな時が流れても、きっと人間には使えないだろう。
発展したのは、天体系の魔術だけではない。
属性系の魔術も、長い年月を掛けてしっかり洗練された。
氷河期が終わった当初は火属性の触媒が少ない事について困窮していた私だったが、時が経つにつれて、一体何が起こったのか、火属性の魔力が少しずつ地球上に増えていったのだ。
酸素が増えたのか、それともシダ植物が繁栄し燃料足り得てきたのか、理由はまだはっきりとわかっていないが、勝手に火属性が使いやすくなってくれるのは嬉しい限りである。
おかげで“呪いの火”も強化され、“青い種火”の火力も増した。
炎の渦を操って魔法使いっぽい戦いができるようになったのは、私の中でかなり満足できる進歩と言えよう。
複合的なものではあるが、雷や冷気を操作する魔術も習得できた。五属性魔術にも幅が広がり、月魔術を加えた創作魔術がまた一段と捗りそうである。
そんなこんなで魔術の方はトントン拍子であるが、永きに渡る研究の末に、それだけに留まらない成果を、私はついに叩き出した。
「……“魔力の対流”」
無手にて、一帯の魔力の流れを操舵する。
内へ内へ。緑に満ちた陸上より、周囲の環境から魔力を削り取り、溜め込んでゆく。
頭上には夜空、そして輝く“月時計”。
流れこむ魔力と共に、天体の動きを観察しつつ、その一瞬一瞬に応じて最も高い効果を発揮する流れを選択し、内側に巡る力を加速させ続ける。
胸の内に、焼けつくような奔流が駆け巡る。内に秘めたる魔力の渦を管理しながら、天と地の魔力を制御。
途方も無い時間をかけて魔の道に長けた私だからこそできる、膨大な魔力の無限圧縮。
やがて実態を持たない魔力によって風が吹き、景色が歪み、プラネタリウムの輝きが揺れ、ボケてゆく。
視界から消える星々の運行情報。しかし、元はといえば“月時計”も私の記憶が生み出した魔術。発動したそれが消えたからと言って、私が術の継続を断つことはない。
歪み続ける世界の中でも尚、魔力を圧縮し続ける。
そして、マーブル模様の景色が完全に混じり合って灰色になった時、私は胸の内の魔力を開放した。
「“魔界の門”!」
叫び、魔力の流れに乗り、灰色の世界の壁に穴を穿つ。
それと共に、私は黒い穴の中へと吸い込まれた。
「とうっ!」
「きゃあ!」
颯爽と穴へ飛び込んだ私は、驚く神綺の目の前で華麗な着地を決めた。
そう、私は魔界に到着したのである。
しかも、ただ魔界へ戻ったのではない。
以前は月食時に神骨の杖を使わなければ戻れなかったところを、なんともない月の時分に、杖無しで戻ってみせたのだ。
これこそが、私が長年の魔術研究によって編み出した魔術。
超大な魔力を集積し、朽ちることのない身体の中に延々と限界まで溜め込むことによって、自らの周囲を魔の空間に巻き込み、魔界へと接続する。
名づけて“魔界の門”。そのままである。
魔界へ移動する方法というものは、実は結構前から解明できていた。
現世と魔界は全く異なる世界でありながらも、その距離は非常に近い。言うなれば、裏と表の関係と言えるだろう。
それさえわかれば、あとは応じた力によって移動のための手段を選択し実行するばかり。
蓋を開けてみれば、必要な物は次元を歪ませるだけの“重い魔力”を精製するだけだったので、身につけた今となってはなんということもない結論だった。
欠点としては、私以外が使うにはあまりにもリスクが大きいのと、やはり準備に時間がかかりすぎてしまうということだろうか。
「ら、ライオネル!? 戻られたのですか!?」
「うん、ただいま」
「び、びっくりしましたよ! 空間に変な歪みが出来たと思ってこっちに来てみたら、ライオネルが降ってきて……!」
「ごめんなさい」
あと、どうやらこの転移魔術、魔界の方が結構騒がしくなるらしい。
まだまだ改良の余地があるかもしれぬ。
「あ、神綺、帰って早速なんだけど」
「何でしょうか?」
「神骨の杖を忘れてきちゃったから、また外界に戻るね」
「……」
ともあれ、私の身ひとつでも魔界との移動が可能になった。
本来祀られているべき神骨の杖を外へ持ち出す必要がなくなったのである。
これによって、あの女神も本当に静かな眠りにつけるはずだ。
そう思うだけで、私はほんの少し、彼女に報いた心持ちになれたのだった。