東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 夢幻の姉妹とやらを見に行くために、パンデモニウムの奥地へと進んで行く。

 パンデモニウムは広大だ。特定の誰かを探そうと思ったならば、しらみ潰しにという従来の手法は、あまり賢いとは言えないだろう。

 

 だが、夢月と幻月。双子姉妹の最凶悪魔として名高い彼女達の行方については、道すがらの誰に尋ねても満足な答えを教えてくれなかった。

 双子からの報復を恐れているという側面も当然あるだろうが、単純に双子の行方を知らないのかもしれぬ。

 結局私は、双子がいるかもしれない無法地帯を適当にぶらつくしか無かった。

 

 

 

「ふむ」

 

 パンデモニウムの無法地帯は、文字通りのスラムである。

 無法地帯とは、この領地の権利を握っている悪魔が、契約の法によって本来禁止されている区域内での自由な戦闘行為を許可している場所のことを指す。

 こうして戦闘法が解禁された区画では、悪魔達が持ち合わせている元来の暴力性が解禁され、それはもう目も当てられないような光景ばかりが広がっているものだ。

 すぐ隣の地区は市場まであるような綺麗な区画でも、その隣の無法地帯は一面瓦礫の焼け野原であることも珍しくはない。

 

 今、私が歩いている場所も似たようなものだった。

 

「まぁ、以前と変わった様子もないようだが」

 

 打ち捨てられた廃屋。黒い汚れと化した大きなシミ。殺されたのであろう誰かの骨の残骸など。

 これといった目立つ人気はなく、けれど遠くからはこちらを窺うような視線を感じる、陰惨な場所。

 パンデモニウムの無法地帯は、私の目にはいつも通りに見えた。

 

「“不蝕不滅の杖”」

 

 念の為に、瓦礫の山から杖を一本だけ生成する。

 石製ではあるが、無いよりはずっとマシだ。魔都ではいつどこで何に襲われたものか、わかったものではないのだから。

 

 無法地帯に踏み込んだならば、常に背後から奇襲されるくらいの心構えでいなければ。

 

「ヒャッハャァアアアッ! ノコノコと獲物が出てきやがったぜぇえええ!」

「“打ち据える風”」

「アビャパァ!?」

 

 ほんとろくに歩けもしない。マジで。

 

 

 

「やれやれ。みんな夢幻の姉妹に恐れをなしているんじゃなかったのか……」

 

 無法地帯を歩き始めて数時間。

 出会った悪魔は二、三十人を越え、倒した総数は四十を越えようかというほどにまで上っていた。

 聞いた話では、魔都の悪魔で「夢幻姉妹」と聞いてビビらないやつはいねぇということだったのだが……何百メートルか歩いているだけでゲリラ悪魔共に出くわしている。全くもって話が違うぞ。

 

 だが、よく考えれば当然のことだったのかもしれぬ。

 あの凶悪な悪魔たちが、ちょっとやそっと強い奴がいたからといって、大人しくしているはずもないのだ。

 連中は一昔前のアニメや特撮に出て来るような懲りない悪役と一緒で、何度だって狡っ辛い悪事を働くものである。親玉の影が見えなくなったら、むしろ返り咲きを狙うのは当然のことであったか。

 

 しかし、もう何十体もはっ倒し続けたおかげか、ようやく悪魔たちの姿も見えなくなった。

 相変わらずの荒野と焼け野原であるが、カサカサと変なのが湧いて来るよりは静かな方がずっと良い。

 うむ。私は昔から、こんな散歩が好きだったのだ。名は体を表すとも云うしね。

 

「誰か……」

「うん?」

 

 そんな感じで歩き続けていたのだが、ふいに声が聞こえた。

 辺りの風音に掻き消えそうな、か細い声である。

 私は杖の針路を変更し、微かな声が聞こえた方へと歩みを向けた。

 

「助けて……お願い……」

 

 声の元に近づくと、そこには一人の少女が倒れていた。

 倒壊したレンガ建築の端の方で、壁に潰されているのだろう。細く白い手と金髪だけが、辛うじて踏み潰されずに露出しているようだった。

 

「……痛いよ……誰かぁ……」

「……」

 

 少女は苦しそうに呻いている。

 あと数時間もすれば、衰弱してそのままポックリと召されてしまいそうな程に儚げな姿だ。

 

 が、私はこの、瓦礫の隙間から窺える頭部に多少の見覚えがあった。

 特に救いの手を差し伸べることもせず、私は杖をその場に浮かせ、一冊の本を開いた。

 

 そこには夢幻姉妹に関する情報が記されており、何種類かの肖像画も掲載されている。

 この瓦礫の隙間から見える金髪と白いヘッドドレスは、夢幻姉妹の肖像画に描かれている少女のものと酷似していた。

 

 というか、同じだ。ヘッドドレスも、細腕から推測できる背丈も、わずかに見えるエプロンドレスっぽい水色の半袖も、夢幻姉妹の妹の方、夢月の方と瓜二つにしか見えない。

 

「お願い……痛いよぉ……」

「……」

 

 なるほど、これか。

 これが夢幻姉妹の片割れか。そうかそうか。

 

 ……。

 

 ……しかし、天下無敵と言われた夢幻姉妹がこうして力なく倒れているとは……よほどのことがあったに違いない。

 事情を聞くためにも、とりあえずこの夢月ちゃんを助けるとしよう。

 

「うっ……えうっ……ぐすん……」

「おお、なんと酷い。大丈夫かい、怪我はないかい」

「! あ……だ、だれ……だれか、いるの……?」

「いるとも。ここにいるとも。安心したまえ、すぐにこの岩をどけて、助けだしてあげるからね」

「あ、ありがとう、ございますっ……わ、わたし、わたしぃ……!」

 

 こんなか弱そうな声を出す子が凶悪な悪魔であるはずがないだろう。

 まったくやれやれ、パンデモニウムの連中はすぐに嘘をつくから困るのだ。

 

 私は倒壊した大きなレンガの前に立ち、いざ夢月ちゃんを助けようとして……。

 

「――貴方のおかげでぇ――」

「――今日も楽しめるわァッ!」

 

 瓦礫が一瞬のうちに吹き飛んで、中にいた二人の少女が牙を向いて襲いかかり――

 

「はい“極太極光極炎レーザービーム”!」

「ぎゃーッ!?」

「ひゃああっ!?」

 

 それをだいたい予期していた私は、極大のレーザー魔法で二人を焼き払ったのであった。

 

 瓦礫の山が抉れ、捲れ、何十メートルも焼け焦げながら押し流されてゆく。

 

 一瞬しか見えなかった二人の少女は極光の粒子砲に呑まれたまま、遥か遠方の廃屋が倒壊すると共に、ようやく停止した。

 

「馬鹿め! 私が何度お前たちのような魔族の不意打ちを受けたと思っている!」

 

 この程度の魔術では、下級魔族相手ならばともかく、悪魔でも指折りであると言われる夢幻姉妹を倒せるとは思っていない。

 だからこそ私は大声で言ってやったし、案の定それに応えるようにして、遠くの瓦礫の山から二人の影が勢い良く飛び出してきた。

 

「あっはははははっ!? 見た見た!? お姉ちゃん! あいつ、凄い魔法を使ったわ!?」

 

 先程まで弱々しい姿を見せていたメイド姿の少女は、鋭い八重歯をギラギラと輝かせながら狂ったように嗤い、

 

「もちろん見たわぁ夢月! 見たこともない魔法だったわねぇ!?」

 

 その隣では、天使のような白い翼を広げた少女が、同じような顔でニタニタと嗤う。

 

 やはり、無傷。

 “旭日砲”一歩手前の魔法が直撃したというのに、姉妹の身体にこれといった傷はなく、瓦礫によって付いた砂汚れのみ。

 なんと頑丈な悪魔たちであろうか。それとも、何らかのトリックで防いだのか……。

 

「というか夢月ぅ……貴女の演技、すぐにバレてたみたいだけど……まさか手を抜いてたりなんか、しないわよね……?」

「当然よ、幻月お姉ちゃん。でも仕方ないわ、あいつ、絶対に最初から私だって気付いてたもの」

「ふーん、まぁいっかぁ……こんな安直なだまし討ちも、久しぶりとはいえいい加減飽きてきちゃったものねぇ」

「そうだよお姉ちゃん。じっと待ってるのって、やっぱり私達の性に合わないよ」

 

 二人の少女は、美しかった。

 水色のエプロンドレスのメイドさんに、白い翼の天使さん。

 

 だが、顔はお世辞にも美しいとはいえない。

 ギラギラと輝く歯をむき出しにして嗤い、月のように細めた瞳で互いにニチャニチャと湿っぽい目配せを交わしている。

 

 簡単に言えば、狂っていた。

 いや、暴力的すぎて一般人には狂っているように見える、と言うべきだろうか。

 

「それじゃあ夢月、もう面倒だから直接やっちゃう?」

「それでいいよ、お姉ちゃん。面倒だから、力づくでやっちゃおう?」

「そうね。それが良いわね。もうすぐ終わりだものね」

「そうよ、それが良いわ。もうすぐ終わりなんだもの」

 

 会話が終わり、双子の姉妹がほとんど同時に“ぐりん”と頭を向ける。

 

「……もうすぐ終わり。とは。一体どういう事だろうか?」

 

 まともな返答が来るとは期待していないので、私は油断なく石の杖を正面に構えた。

 魔導書はほとんどばらまいてしまったので手元にないが、相手が誰であろうとも“不蝕不滅の杖”が一本あれば十分だろう。

 

「それはねぇ!?」

「“行けば”わかるよぉ!?」

 

 双子が甲高い声で叫ぶと共に、二人を起点に魔力が爆発した。

 純粋な魔力によって発生した爆風が果てなく膨張し、干渉された視界が虹色の暗闇に穢される。

 

「――!」

 

 その時、私は杖をしっかり構えていたし、いざとなれば“異形の煙”を発動することも、“隔壁”を展開する余裕も持ち合わせていた。

 しかし私は、目の前に押し寄せる特殊な見慣れぬ“力場”に不覚にも興味を持ってしまい……。

 

 恥ずべきことだが、その巨大なエネルギーの繭へと呆気無く飲み込まれたのだった。

 

 


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