東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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魔界のコロッセオ

 ルイズさんはクステイアの中心部に向かって歩いてゆく。

 さすがに中心部は賑やからしく、人の数も建物の大きさも段違いだ。

 私は威圧的なほど大きな街中で、ルイズさんのすぐ後ろをくっついて歩くことで、どうにか自分を保っていた。

 

「ルイズさん、こんにちは! おでかけですかな?」

「ええ、ちょっと競技場まで」

「おーそれは良い。今日は賑やかです、きっと楽しめるでしょう」

 

 前を歩くルイズさんは、よくいろいろな人に声をかけられる。

 というより、街の人みんながルイズさんのことを知っているかのようだった。

 

 ……ライオネルさんが言っていたことだけど、ルイズさんは旅をして、旅の記録を本にして出しているのだという。

 本を出すくらいだから、すごい人なんだろうなとは思っていたけれど……それにしたって、ゆく先々で声をかけられるのって、凄すぎると思うんだけど……。

 ひょっとすると、ルイズさんはこの街の外でも有名な人なのかもしれない。

 

 

 

「わぁ……!」

 

 辿り着いた先は、巨大な建造物だった。

 横幅は……どれくらいあるだろうか。

 全て石造りで、アーチ状の空洞がいくつもあり、その姿はまるで……。

 

「ローマのコロッセオだわ!」

「? なにそれ?」

「すごいすごい!」

 

 そう、かの有名なローマのコロッセオのよう!。

 沢山の闘士達が戦ったという、あの巨大で華やかな舞台が……今、私の目の前にある!

 

「あ、声が聞こえる!?」

 

 そして少し黙ってみれば、巨大なコロッセオからは人の声が響いているようだった。

 この建造物の周囲を取り巻く一段上の賑やかさもまた、この場所がコロッセオであることの証明だろう。

 

「ルイズさん、ここは!?」

「ふふ……薄々わかっているとは思うけど、入ってみたらわかるわよ」

 

 だったら入るしかないわ!

 

 私はコロッセオの石材に施された緻密な彫り物には目もくれず、中へパタパタと走っていった。

 

 

 

 建造物内とは思えないほどの距離を歩き、階段を登って駆け上がると、太陽の輝きに照らされた広大な空間に踊り出た。

 

「わぁ……本当にコロッセオ!」

 

 そこは、かつて絵や本で見たようなコロッセオそのものだった。

 中央を取り囲むようなすり鉢状の観客席は大勢の人で埋め尽くされ、熱い歓声は耳をびりびりと痺れさせてしまうほどに強く響き渡る。

 

 こんなに人がいるなんて!

 それに、この熱狂。ここでは一体、何が行われているのかしら!?

 

「ふふ。アリス、ここはクステイア競技場といってね。大昔から、魔法使いたちによるルールを決めた闘いが盛んに行われているのよ」

「魔法使いのスポーツ?」

 

 魔法。スポーツ。その二つは、私の中でほとんど結びつかないものだった。

 

「ええ、魔法使いのスポーツ。伝統的で知的で幻想的な……今日まで続く、魔界で一番人気のスポーツよ」

 

 ルイズさんの不思議な言葉に魅了され、私は自然とコロッセオの舞台を見下ろした。

 石造りのタイルで埋め尽くされた平らなフィールドには、目を凝らせば二人の魔人の姿を認められる。

 

 二人の距離は……50メートル以上も離れているかもしれない。

 そして魔人の他に、明らかに人間ではなさそうな、きっと石造りであろう等身大の人形の姿も、無数に見られた。

 

 ……あれは、ゴーレムかしら!?

 

 

 

「さあ、エメちゃん前衛部隊! 盾を構えて中央ポールまで突撃よ!」

 

 一方の魔人が指示を飛ばし、声に合わせて石造りのマネキンの一団が歩き始める。

 数は五体程だ。それが横一列になって大きな盾を構え、ズシンズシンと足並みを揃えて行進している。

 

「ねえ、ルイズさん。あれって……」

「あれはゴーレム。魔法使いが作り、操る人形たちよ」

 

 人形。そして、ゴーレム!

 ゴーレムといえば、魔法によって作られる有名なあのゴーレムのことだわ。

 まさかゴーレムまで、本当にあっただなんて……。

 

「この競技では二人の魔法使いが向い合ってね、お互いに魔法でゴーレムを作りながら、先に相手の陣地にある三本の石柱を倒した方が勝ちっていうルールなの」

 

 ルイズさんはそう言いつつ、フィールドの端にある三本の石柱を指差した。

 

 長さは、十メートル近くありそうだ。

 とはいえ、石ともなれば人でもなかなか倒すのに苦労しそうな大きさに感じる。

 

「ほら、見てアリス。今真ん中の柱を倒しに、5体のゴーレムが向かっていってるわ」

 

 あれは指示を受けて行進を始めたゴーレムだ。

 大きな盾を構えて相手の陣地に近づく兵隊達……なるほど、あのゴーレムを使って、柱を倒そうというつもりなのね。

 

「あっ」

 

 けれどその五体のゴーレム達の前からは、敵側からの複数のゴーレムが近づきつつある。

 その数、左右に3体ずつ。計6体だ。数では完全に、防衛側の方が上回っていた。

 

 私の予想通り、素直に直進だけを続ける5体のゴーレムは左右からガシガシと槍で突かれて崩されてゆく。

 迎撃にあたったゴーレムの動きは滑らかとはいえなかったけれど、近づいて槍で突くタイミングはバッチリだった。

 

 迎撃によって、5体の盾のゴーレム達はその数を真中の一体だけに減らしてしまった。左右にいた盾持ちのゴーレムがいてくれたおかげで、一体だけ残ったとも言えるのかもしれない。

 ともかくその一体だけは、迎撃にあたったゴーレム達の攻撃をすり抜けて、依然として直進を続けてゆく。

 

 既に柱は目と鼻の先だ。

 だというのに、相手の魔法使いはうろたえるばかりで、あのゴーレムに手出ししようともしていない。

 

「ねえルイズさん、どうしてあの人は、攻めてきたゴーレムに何もしてないの?」

「そういうルールなの。魔法使い自身は、相手のゴーレムに対して攻撃したらいけないっていう決まりがあるのよ」

「ふーん……じゃあ、全部ゴーレムに任せなきゃいけないんだ」

「そういうこと」

 

 魔法使いのスポーツ……そうか、そういうことなんだ。

 自分の作ったゴーレムだけを動かすスポーツ。魔法の腕前……なるほど、こういうこと……!

 

「わーわー! やーめーてー!」

 

 一体だけ生き残った盾持ちのゴーレムは、自慢の大きな盾で柱をガンガンと殴りつけている。盾には棘がついているようで、柱は瞬く間に削られ、摩耗しているようだった。

 

「ちょっと帰って来て、このままじゃまずいわ!」

 

 さすがに危険だと思ったのか、攻められている魔法使いは何らかの魔法を使い、迎撃用のゴーレムを自陣にまで引き返させた。

 ただそうして動き出すまでにも結構な時間がかかるらしく、6体のゴーレムはもたついている。

 

「それとねアリス。今やってるみたいに、自分が出したゴーレムを遠くに出すことは当然できるんだけど……魔法使い自身は、自分の陣地から一歩も出てはいけないの。飛行も許されていないのよ」

「そうなんだ……あっ! それであの攻められている人は、遠くにいるゴーレムを操るのに苦労しているのね?」

「そう! アリスはなかなか筋が良さそうね?」

「えへへ……」

 

 ……褒められちゃった。

 

 うん……けど、わかるわ。遠くのものを操るのは、とっても神経と魔力を使うもの。それがあの数のゴーレムともなれば、きっとものすごく大変なんだわ。

 

「あー! 壊されたー!」

 

 そうしてもたついている間に、柱はたった一体のゴーレム兵士によって倒されてしまった。

 

 大きな音と砂煙を立てて倒壊する石柱に、観客席がワァッと沸き立つ。

 すごい声。すごい拍手。

 

 ……本当にすごいわ。

 私もあんな風に、喝采を浴びたら……!

 

「あのタイプのゴーレムを動かすのは、まだまだアリスには早いと思うけど……きっと、ああいうのはアリスに向いていると思うわ」

「うん! 私……ああいうの、やってみたい!」

「あら、乗り気ね?」

「ええ、だってあれ……すっごく楽しそうだもの!」

 

 ゴーレムを動かして戦わせる、魔法使いのスポーツ。

 

 後で聞いたところによると、あの競技は“ロードエメス”というらしい。

 

 由来はわからなかったけれど、その日みた白熱した競技とその名前は、ベッドの中に入っている間もずっと私の頭から離れることはなかった。

 

 

 


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