東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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魔法使いは焦らない

 

 身近に魔法が存在する世界、魔界。

 そこは、私にとって理解者が大勢存在する、とても居心地の良い場所だった。

 

 私が常に見ていた幻想的な幻の世界のいくつかは、この魔界の姿を映していたのかもしれない。

 魔界はとても洗練されており、美しく、何よりも平穏だった。

 ルイズさんはとても丁寧に魔法を教えてくれるし、食べるものには困らないし、行き交う人は誰もが親切だ。

 

 けど、楽しみが無いなんてことは全くない。

 クステイアにはコロッセオを始めとした大きな遊技場や海岸沿いの釣りに至るまで、新鮮な娯楽は数えきれないほど存在する。むしろ、私はあとどれほどの年月を費やせばこのクステイアを楽しみきれるのだろうかと、底知れない期待にウズウズしている。

 

 魔法を勉強し、ちょっと遠くまでお散歩し、時々はコロッセオに立ち寄って試合を観戦する。

 魔法を学び、魔界色に染まる。

 そんな生活が続いていった。

 

 一年が経つのはあっという間だった。

 寂しくもないし、苦しくもない。むしろ自分の魔法の技術がどんどん成長していくのを感じて、もっともっと続けていきたいとも思えてくる。

 それに、ここではルイズさんだけではなく、サラというちょっとうるさい女の子とも友達になれたし、ほんの少しだって孤独を覚えたことはなかった。

 

 私も12歳だ。

 成長は嬉しい。けれど、自分の背が少しだけ伸びて、ちょっとだけ不安に思うことはある。

 

「ねえ、ルイズさん。私はまだ、本当の魔法使いにはなれないんですか?」

 

 それは、自分が……まだまだ子供とはいえ、しっかりと歳をとっているということだ。

 

「うーん、そんなに急ぐことかしら?」

「……早く、なりたいんです、けど……」

「どうして? もうちょっと経ってからでも良いんじゃない?」

「ん……」

 

 私は、あの子……パチュリー・ノーレッジよりもすごい魔法使いになりたい。

 そのためには、不老の魔法を自分にかけることは絶対に必要になる。

 ……けど、少しでも早く、あの小さなパチュリーよりも大きくなってしまわないうちに一人前になりたいというのは、実際のところ私のわがままだった。

 

「そもそも、私が知ってる不老の魔法というのはね。自分で自分にしか掛けられないものなのよ。私がアリスのためにどうこう、ということはできないわ」

「……」

 

 それは以前から聞かされていた話だった。

 本当はこの魔界にやってきた時からすぐにでも本物の魔法使いになりたかったので、ルイズさんには真っ先に訊ねたことでもある。

 

「あ、あの。それじゃあ、今の私だと、まだ……」

「難しいわね。今のアリスだと、まだもうちょっとかかるかも」

「う……」

 

 まだ、かかるのか。

 ……過去の世界にやってきたのに、何故だろう。何故こんなにも、まだ生まれてもいないパチュリーに遅れを取っているように感じてしまうのかしら。

 

「焦ってるの? アリス」

「……はい」

「変な子ね。貴女はかなり、覚えが良い方なのに……人間って、みんなそうなのかしらね?」

 

 ルイズさんは優しく頭を撫でてくれるけれど、気持ちは落ち着かない。

 

 ……ウントインゲさんに諭された時と同じようなざわついた気持ちが収まってくれない。

 

「んー……本気で取り組めば、あと2、3年くらいで習得できるかもしれないけど」

「!」

 

 甘い言葉に勢い良く顔を上げると、ルイズさんは真剣な表情を浮かべていた。

 普段はあまり見れない青い瞳が、まっすぐ私を見据えている。

 

「辛いよ?」

「……そ、それでも」

「すっごく苦しいよ?」

「う……大丈夫だもん……!」

「魔法のことが、嫌いになっちゃうかもよ?」

「大丈夫です! 私……私、どんなに辛くたって、絶対にやりますから!」

 

 脅すような言葉には、決して負けられない。

 だって、私は大人になりたくないから。

 これ以上パチュリーに置いてきぼりにされたくないし、そうじゃないと、あの子を知っているウントインゲさんにも褒めてもらえない。

 

 だから私は、これ以上はもう待てないのだ。

 

 

 

「……ふふっ、あははっ、ウソウソ、冗談よアリス」

「……へ?」

 

 私が内心で決意を固めていたところで、不意にルイズさんが笑い出した。

 

「あーおかしい……ふふふ、そんなに本気だったなんてね……ごめんねアリス、試すようなこと言っちゃって」

「え、え? なに? なんですか……」

「安心して、アリス。貴女だったら、このままのペースでもあと2、3年でしっかり不老の魔法を覚えられるようになるから」

「……」

 

 な、なにそれ……。

 

「や、やめてくださいよ! 私、すっごく怖かった……!」

「あはは、ごめんなさいアリス……よしよし」

 

 酷い嘘だわ、ルイズさん……。

 あんなに、怖そうなことばかり言って……。

 

「真面目なのね、アリスは。……けど、あまり焦りすぎても、魔法はついてきてくれないわよ」

「……魔法が、ついてきてくれない?」

「ええ。魔法はね、ものすごーく頑張ったからといって、すぐに身についてくれるものでもないの。だから、もし今からアリスが死ぬくらい頑張っても……2年が1年になったりはしないのよ」

 

 ……なあんだ。

 

「……わかっ……りました。じゃあ、もう焦りません」

「ん。それでいいわ。その方が、魔法も旅も、きっと楽しめるから」

 

 

 魔法は、焦ってもついてこない。

 なるほど。いい言葉を覚えたきがするわ。

 

 ……けれど、ウントインゲさんは……魔法は、大人になると離れてゆくと言っていた。

 

 なら私は、焦らず子供のままでいるわ!

 

 ……あれ? これでいいのかしら……?

 

 

 

 色々と考えることは多いけれど、私はルイズさんの言葉通り、今までどおりの生活を続けることにした。

 日常の様々なことを魔法で行い、散歩をしたり、時々クステイアのちょっと外側へ冒険にでかけたり。

 そんなちょっとした旅の最中にも、魔法のお話は終わらない。ルイズさんと共に続けられる魔法の生活は、場所が変わってもそう変化することはなかった。

 

 一年経ち。

 

 二年が経ち。

 

 三年が経ち。

 

 そうして、私が十五歳になった頃である。

 

「おめでとう、アリス。これで、夢が叶った……ということになるのかしら?」

「……ルイズさん、ありがとうございました」

 

 ついに私は、自分の老化を止める魔法を手に入れたのだった。

 最初は気づかなかったけれど、日常的に続けられた細かな魔力の操作訓練は、この時のためのものだったのだろう。

 常に魔力を操り、自らのものとする。ルイズさんは最初からこれが最も役立つことをわかっていて、その生活様式を採用したのだ。

 気付いたのは、つい半年前くらいのこと。ルイズさんには感謝しかない。

 

「本当に、ありがとうございました……!」

 

 魔界にきてから時間が経って、私はすっかり背も伸びてしまったけれど。

 それでも、ようやく本物の魔法使いになれたのだ。私は嬉しさのあまり、子供っぽく涙を流してしまった。

 

「ふふ。アリス、なんでもう終わった気になっているのかしら?」

「……ふぇ?」

 

 私の涙を拭きながら、ルイズさんがニコニコと微笑んでいる。

 

「まだまだ不老の他にも必要な魔法はあるのよ。そっちも覚えないと、まだまだ完全とは言えないわね?」

「あ……」

「それに、魔法は不老になることだけじゃないのよ。空を飛んだり、ゴーレムを作ったり、水を出したり火を熾したり。一人前になったつもりになるのは、まだまだ気が早いわね」

 

 ……そうだわ。私ったら、何終わった気になっていたんだろう。

 そう、私はまだ、魔法らしい魔法を全然使えていない。私に使える魔法なんて、名前のないような……物を動かす程度のものしかないのだ。

 

 私は魔法使いっぽくなったかもしれないけれど、その実はまだまだ、パチュリーには及んでいないのかも。

 

 ……浮かれていたわ。

 まだまだ、魔法使いの勉強は終わらないのに!

 

「これから、どんどん魔法を覚えていかなきゃね?」

「はい!」

「よし、いい返事。それじゃアリス、これからちょっと旅行に行きましょうか?」

「え?」

 

 旅行? どうして?

 私は素直に首を傾げた。

 

「んー。魔法もいいけど、旅だって大事でしょう?」

「え、まぁ……はい……で、でもさっき、もっと魔法って……」

「あら、アリスはそんなに忙しいの? 貴女はもう、歳を取らないのに?」

 

 ……確かに、言われてみればそうだった。

 

 私はもう、魔法使いだ。年を取らない、本物の魔法使いになったんだ。

 

 ……何を、順番を気にする必要があるのだろう?

 

「ふふ。アリスはまだまだ子供だもの。魔法よりも先に、色々な街や景色を見て、学んでおくのが良いわよ」

「……はい」

 

 子供だって言われたのは少しむっとするけれど、私が子供なのは本当のことだ。

 それにルイズさんの言う通り、クステイアの他にも色々な場所を見てみたい気持ちもある。

 

「旅は道連れ、世は並べて事も無し。ゆっくりいきましょ?」

「……はい!」

 

 旅に出るのも、悪くはないわね。

 

 


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