地球上の現実世界を外界としよう。今私達がいるここは、そのまま魔界とする。
現在、地上から魔界へと行くための手段はいくつかある。
というか、これはさほど難しいことではない。大昔もクベーラは独力で来れていたし、一部の神族達にも可能だ。人間レベルで見ても、優秀な……マーカスやエレンのような魔法使いであれば、魔力を臨界させ魔界との扉を創ることも難しくはないだろう。
しかしその逆、魔界から外界へと向かう手段は非常に限られている。
というのも、魔界では魔力を圧縮しても向こうと繋がるわけではないからだ。
現状、魔界から外界へと出るためには、限られた手段を選ぶ他に手は無い。
まず、奇跡的に「外界から魔界へ通じる扉」に入ることだ。
しかしただでさえ広い魔界のどこに通じるかもわからない数少ない扉を、そう都合よく逆行できるかは非常に大きな疑問である。魔界へやってくる強力な神族を押しのけてこれるかも怪しいところ。理論上不可能ではないとはいえ、今までこの方法で外界へ出た者はいないのではないかと思われる。
次に、悪魔となって召喚に応じること。
こちらは簡単だ。魔都で悪魔になる申請を出し、同意の上で“契約の呪い”をかけてもらい、悪魔になってしまえばいい。あとは外界からの召喚に応えることで、簡単に地上へと出られるだろう。
ただしこちらは悪魔にならなくてはならないという、字面で見ると割りと洒落にならない決断を余儀なくされる上、地上に召喚された後の扱いも場合によっては酷いかもしれない。とはいえ、上手くやりくりすれば、召喚者を騙して娑婆の空気を満喫することも可能だろう。
魔人だろうと人間だろうと申請すれば悪魔になれるので、最も簡単な方法であると言える。
……まぁ、空に浮かぶパンデモニウムにどうにか行かねばならないという最大の問題はあるのだが。そこは、魔法使いになりましょうということで。
最後の方法が、神綺や私に頼んで扉に入ることである。
こちらは私達が渋らなければ最も簡単な方法である。なにせ、外界への扉は原初の力で簡単に開くのだ。その作業自体は、正直に言って地上から魔界への扉を形成するよりもずっと楽かもしれない。
ただし、これまで私と神綺は誰かのためにこの扉を振る舞うことはなかったので、あまり魔人達には公になってはいない。
せいぜい、外からやってきた神族達を送り返すためだけに使われているといった具合である。
とまぁこうして3つの方法があるにはあるが、どれも独力では成し得ないものであるし、制限も多く不自由だ。
中には、外には出たいけど悪魔には絶対になりたくないというような魔人もいるかもしれない。
しかし今回、私はようやく一つの決断をした。
これまで存在しなかった魔界から地上へと通じる恒久的な出入り口を、何個か作ろうかと思っているのである。
「というか、これから地上の魔法使いも増えるからね。送迎にいちいち神綺の手を煩わせるのも悪いし、帰る時は勝手に帰ってもらおうと思ったわけだ」
それに、私が魔界を不在にすることもこれから多くなるだろうということもある。
私もそろそろ、地上に出て精力的に活動しようという頃合いになってきたのだ。これからは魔界を留守にすることも多くなりそうなので、その間はなるべく魔界との風通しを良くしておきたい。
なにせ西暦だ。この数千年は私にとって、非常に重要な意味を持っている。
この期間は一年も一ヶ月も、あまり無駄にはしたくない。
「とはいえ、あまり目立つ場所に出入り口があるのも困るからね。通り道を作りたいとはいえ、一般人にひょろりと入られるのは私も好ましくない」
「一般人……というと、魔法が使えない人間とか、かしら?」
「そうなるね。だから、もしも二人が地上に出るというのであれば……ルイズとアリスには、ちょっとした頼みごとを聞いてもらいたいのだ」
「何? 頼みごとって」
アリスは小首を傾げて可愛らしく訊いてきた。
「うむ。まぁ、そう難しいことでもない。魔力が安定して、かつ人気が全く無い場所をいくつか見繕ってほしい。それだけだよ」
「……地上側の出入り口の候補を探しているということかしら?」
「いかにも、話が早くて助かるよ。できれば洞窟なんかが一番かな。鍾乳洞のような安定したものであれば最も良いのだが」
鍾乳洞がある場所は比較的長持ちするだろう。自然崩壊しない洞窟は、観光名所にされない限りは貴重である。
「それくらいなら安いものよ。むしろ、喜んでやらせてもらうわ?」
「おお? ルイズは随分と乗り気だね」
「当然よ。だって……だって、地上に行けるんでしょ?」
そういって笑うルイズの顔は、大人びたそれではなく……本当に子供のように、あどけないものであった。
「青い空。丸い海。空飛ぶ鳥達、見たこともない森……全部、私にとっては新しい世界だわ」
「……ルイズさん、地球を旅するの?」
「ええ、旅したい。まだ知らない場所に行って、知らないものに触れてみたい」
ルイズがアリスの手を両手で包み、笑いかける。
「アリス、わがままを言っても良い?」
「……はい」
「私と一緒に、外界に……地球に出て、旅をしてくれる?」
アリスの表情は、少しだけ不安なものだった。
西暦400年。そんな未知の世界に対する不安があるのかもしれない。確実に今よりも田舎で文明的ではない世界へと行くのだ。まぁ、そういった悩みは女の子らしいとも言える。
「……私は、いつだってルイズさんと一緒です。ルイズさんがどこに行くとしても、私はついていきます」
「本当?」
「はい。だから、私の方からお願いします。……置いて行かないで、私も連れてってください」
アリスが淋しげに言うと、ルイズは彼女の頭をぎゅっと抱きしめた。
私はその光景に、思わず右手にハンカチを生成して目元を拭いてしまった。
「もちろんよ。一緒に行って……ふふ、向こうでは逆に、私の方が案内されることになっちゃうかしら?」
「わ、私そんなに、ルイズさんのように詳しくはないです……」
「ううん。良いの。少しでもいいから、アリスの知ってるところだけでも、教えてほしいわ」
「私の知っている所……はい。頑張ってみます」
魔界。そして地上。
その二つが恒久的な扉で結ばれれば、魔界の存在はより万人に広まるはずだ。
とはいえ、往来を無制限にすることはできないだろう。ある程度行き来できる人に制限をかけたり、悪魔のようにとはいわないが、多少のリスクを背負ってもらうこともやむなしかもしれぬ。
だが、扉は決して無いわけにはいかないのだ。
人間の寿命は短い。魔法使いとはいえ、人間は人間である。扉の開閉を私達の気長な気まぐれに付き合わせるのはよろしくない。
「楽しみね?」
「はい! ……あれ? でも外に出れるのって、あとどれくらいかかるのかしら……?」
「ああ、それはもう数十年くらい待ってくれればすぐに出来るよ。とりあえず試験的に1つ作るだけだからね」
「……ねえ、ライオネルさん」
「うん?」
私はアリスの怪訝そうな顔に、頭を傾けた。
「もしかして貴方って、とっても偉い人?」
「当然だとも。私は偉大なる魔法使いなのだから」
「……そう」
やっぱり反応薄いね君。