東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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遺骸王の面談


 

 青い空、白い雲。

 松の生い茂る緑の森には薄っすらと霧がかかり、緩やかな風に流されていた。

 

 白い蝶が呑気に目の前を舞い踊り、ふらふらと木々の向こうへと消えて行く。

 

「ああ」

 

 日本だ。

 どこか遠い昔に見慣れた自然が、今私の前に広がっている。

 

「日本だなぁ……」

 

 これと同じ景色を見たことがあるわけではない。

 私の田舎に似ているわけでもない。

 けれど、この情緒ある松の森と遠方に見える澄んだ白波は、私の心を静かにざわめかせるのだ。

 

 ……人の文化を見よう。そう思っていたのだが……こうして古き日本の自然をじっくりと堪能するというのも、悪くはないのやもしれぬ。

 いや、むしろ私は人と関わるよりは一人で穏やかに散歩する方が肌に合う性質だ。

 城を見るよりは山。それは考えてみれば、当然のことであった。

 

「……少しだけ、この近くに馴染んでみるか」

 

 さっさと都なりなんなりに足を運ぼうと思っていたが、そんなに焦ることもない。

 私は辺りの木々や草花を眺めながら、あてもなくフラフラと歩き始めた。

 

 

 

 私がやってきたのは日本海が望める、平凡な沿岸部であった。

 少し歩けば付近には松の森があり、遠くには山しか見られない。

 風力発電施設も灯台もない、特にこれといった目印のない場所だ。

 時が経てば、やがてここら一帯も人間の手が入るかもしれないが、それはきっと一千年以上後のことになる。

 今ならば多少私がここをいじったところで、数百年のうちに自然の形に戻るだろう。

 

「よし」

 

 せっかくなので、私はこの辺りで採取を行うことに決めた。

 

 

 

 魔法使いの採取は、多岐に渡る。

 対象は小石であったり、植物であったり、虫の臓物であったりと、非常に幅広い。

 効力にこそ差はあるが、ほとんどの物は魔法的な触媒としての力を秘めているのだ。魔法使いは自然に散らばるそれらの中から、より効果的な触媒を選択して取り扱う。

 それこそが、触媒魔法の基礎。魔法使いは博学でなくてはならないのだ。

 

 別に、私も何も考えずに採集しているわけではない。

 こうして触媒を集めているのには、ちゃんとした理由がある。

 私は魔法を広めるためにここへ日本へやってきたが、そのためには先立つものが必要だ。

 それは貨幣や紙幣などではなく、魔法を広めるにあたって必要になるであろう身近な素材である。

 人間、そう簡単に周囲の環境から魔力を抽出できれば苦労はしない。魔法使いの第一歩としては、知識や素材の準備だけで行える触媒魔法こそが最も適している。

 

 魔法をより身近に感じてもらい、便利なものだと認識してもらうには、きっと触媒魔法を広めるのが一番の近道だろう。

 エレンも人に身近な物を売る店を開き、ローマの有名人になっていた。私もその方式に肖って、商売道具を現地調達することから始めようというわけだ。

 

「苔、腐葉土、松脂……うむうむ、なかなか良いものが落ちてるじゃないか」

 

 探しては拾い、背負った木箱にいれて、また探す。

 私はしばらくの間、浜辺でそのような作業を繰り返すのであった。

 

 

 

 素材集めは単調ではある。

 しかし私はこうして触媒になり得るものを選別してストックする作業は好きだし、飽きもしなかった。

 カンブリア紀のほぼ海産物しかない素材集めと比べれば、むしろこの時代の多様な素材集めは娯楽性すら感じられる。

 

「ま、こんなところかな」

 

 そうして何日か一心不乱で拾い物をしていれば、木箱の中はそれなりに充実した。

 土を掘って魔法的な炭作りなどにも勤しんだので、少量ではあるが火の触媒もある。これらがあれば、触媒系の簡単な魔法に困ることはないだろう。

 

 ……まぁ、これが誰にでも出来る触媒集めである。

 この採集作業中、私は一般人に不可能なことは何一つやっていない。素材自体もありふれたものなので、現地の人々にも理解してもらえるはずだ。

 

 しかし、本当ならばこのような作業をしなくとも、触媒を生成すること自体は簡単にできる。

 

「金属系の触媒が少なめだし、ちゃっちゃと作るか」

 

 触媒魔法は基礎の基礎だ。

 技術を極めた魔法使いであれば、基礎を創造することも難しくはない。

 

「これでいいかな」

 

 私は浜辺に転がる大きめの岩に目をつけると、それに木製の杖を押し付けた。

 

「“変成”」

 

 辺りから膨大な魔力を巻き上げて、魔力を岩へと注ぎ込む。

 すると大きな岩石は一瞬で真っ赤に熱せられ、間も無く白熱化した。

 風は熱を巻き込みながら螺旋を描いて循環し、輪郭だけになった輝く岩がめまぐるしく形を変えてゆく。

 最初は真球。それが縮み、著しく捻れ、再び縮み、捻れてまた縮む。

 

 やがて岩の体積が何十分の一にまで落ち込むと、それは小さく、綺麗な立方体になった。

 風が吹き、立方体がシュウシュウと蒸気のような音を立てて何分かすると、赤熱した立方体はやがて本来の色を取り戻してゆく。

 

「ほい完成」

 

 ぼとりと砂の上に落ちたそれは、もはや岩石ではない。

 黄金色の高貴な輝きを放つ、一辺20cmの金塊へと変貌したのだった。

 

 とまぁ、こんな感じで、そもそも腕さえよければただの岩から上質な触媒を生み出すことも不可能ではないのだ。

 

 もちろん、これは金属や化合物に限られるところが大きいので、準備もなしに何だって作れるわけではない。

 触媒魔法を広めるにあたっては、基本的に簡単に拾えるもので揃える必要もあるだろう。黄金など、そう簡単に落ちているわけもないのだ。これはあくまで保険である。

 

「さて、そろそろどこか、集落を目指していくか」

 

 ともあれ、素材は集まった。

 今度は人のいる場所を探してみよう。


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