東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 森林の成長に、生物の進化。

 どちらも一朝一夕には立ち行かぬものであり、そればかりはこの大魔術師ライオネル(自称)の力をもってしてもうんともすんとも言わない、時の流れだけが御しきれる問題だ。

 そのため、そういった生物の研究が一段落する度に、私は新たなる発見が地面からニョキニョキと生えてくるのを待たなければならない。

 もちろん、何もせずに待つなんて無駄なことは、シダが炭化して石油になって猿に掘り起こされるほどの時間を持つ私でも、あまり好ましいものではない。

 

 なので私は、多少無理矢理にでも、他の研究に没頭することになる。

 

 

 

 

 魔界の中央と私が定めた、名も無き神の墓廟。

 その周囲に広がる彫刻の美しき都。

 それらを包むように延々と刺々しい景色を連ねる神綺の大渓谷。

 そのまた周囲を、更に超大な範囲に渡って勢力を広げ続ける、太古の大山林。

 

 私が今いる場所は、そのどれでもない。もっと外側の、未だに何の手も加えられていない、平たい地面の空き地である。

 

「“魔力の収奪”」

 

 そこで、私は枯れ果てた両腕を掲げ、魔力の風を発生させた。

 純粋な魔力の流れだけで巻き起こる風圧は、辺りの景色を陽炎のように歪めてしまう。

 しかし、このヒズミをなんとか安定させることこそが、大魔力を行使する上では重要なのだ。

 周囲一帯から強引に奪いとった魔力を身体の中に固め、数学的魔術……“算術”と呼称する私の新たな技術によって、それらを適度な大きさと役割に分割し、あらかじめ定められた順番によって稼働させる。

 

「“破滅の息吹”」

 

 そして、いかにも物騒な名前を告げると共に、手から力を開放した。

 

 ところがどっこい、この名前は決して格好つけでも背伸びでもない。

 実際に“破滅”でしかない魔術なのだ。

 

 手から放たれる灰色の風は、私の正面を駆け抜け、灰燼を巻いて吹き荒ぶ。

 巻き起こる灰燼は、風が通過した地面の残滓。

 私の“破滅の息吹”によって削られた地面が、塵となって崩れた姿である。

 

「……うーん」

 

 “破滅の息吹”。複合魔術として、この威力は申し分ない。

 実験上、あらゆる頑丈で安定した物質をもボロボロに崩し葬り去ってしまうことは確認済みだ。

 今見てみたところ、その効果範囲も何回か前の時と比べて格段に広がっている様子でもある。

 

「頼もしくはあるけど、実験材料を確保するという点ではなぁ……」

 

 どんな相手にも通用し、問答無用で粉砕できるこの魔術は、実に強力で頼りがいがある。

 しかし本来、こんな魔術を作り上げる前に気付くべき事なのだが……相手をコナゴナにしたら、材料にも素材にもならないよね。

 

 ……まぁ、でも作ってしまったものは仕方ないし……ゴミ捨て魔術として活用することにしようかな。

 

 

 

 

 私の魔術は、魔界の住人育成(作成?)プログラムのために、そちらの研究へと傾向していた。

 生物の研究なので、必要なものは既存の地球の生物である。

 生きているもの、死んでいるもの、どちらでもウェルカムだが、生きているものは強引に呪いによって動きを縛れば魔界へと移送できるので問題はない。

 

 重要なのは、むしろ死体の方である。

 今更、私が十メートルの魚類や両生類や爬虫類に遅れを取るということもないのだが、そういった巨大生物が相手だと、多少なりとも手荒な戦いになるのも当然だった。

 

 魔法使いの威厳にかけて、それらの生物を倒すのは造作も無いと重ねて言わせてもらう。だが、“月の槍”にせよ“樵の呪い”にせよ他の属性魔術などにせよ、相手を大きく損傷させてしまうのが、戦いの上での美点ではあるが、研究上の大きな難点でもある。

 いかに、相手を傷つけずに殺すか。

 毒や空気を操作する魔術を用いれば擬似的に同じ効果で相手を死に追いやることも可能だが、相手が水中であったり雨天であると使えない魔術では、確実性に欠けてしまう。

 なにより、そのような中途半端な魔術で問題の解決を図るのは、長年培ってきた凝り性が許さないというものだ。

 

 いつでもどこでも使える、汎用ぽっくり即死魔術。

 語感はゆるいけど意味は物騒極まりないこの魔術。これこそ私が目指すべき、生物素材収集のための、メインウエポンとなるだろう。

 

 

 

 

「……“蝕みの呪い”」

 

 地球上の、どこかの大陸。

 樹高三十メートルの巨大シダの傍らで眠りこける、オオサンショウウオのような巨大両生類に向けて、私は新作の魔術を放った。

 

 手のひらからにじみ出る黒い靄が、吸い込まれるようにして両生類の皮に触れ、中へと浸透してゆく。

 その瞬間、両生類がビクリと跳ねて、小刻みな痙攣を始めた。

 

「ああ、駄目か」

 

 両生類は全身から黒い靄を出しながらその場で苦しげにのたうち回り、数秒後にピタリと動かなくなった。

 時間にして、六秒といったところだろう。

 

「……死んでるけど、これじゃ駄目だ」

 

 オオサンショウウオは死んだ。外傷は無く、当然出血もない。私の魔術によってもたらされた死は、確かにその効果を遺憾なく発揮したのだろう。

 けど、私はこの威力に満足しない。

 

「相手が苦しまないよう、一瞬で仕留めないと」

 

 生物を死に至らしめるためだけに生み出された、凶悪な魔術。通称“蝕みの呪い”。

 理論の原型は組み上げたものの、完成までにはまだまだ時間が掛かりそうだった。

 

 時間はまだまだ沢山あるが……“あれ”が現れる頃までには、なんとか完全な形に持って行きたいものである。

 

 


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