東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 その後、私がどれだけ懇切丁寧に説明しようと、術の原理や先ほど起きた現象の説明をしようとも、漁師の男はあまり話を聞いてくれなかった。

 というか、私が何を言っても恐縮したりひれ伏したりで、全く会話にならなかったのである。

 

「だから、私は神様じゃないと……」

「へへぇー!」

「いや、あのね」

 

 何につけても私を神かなんぞかに結びつけようとするものだから、話が進まなすぎて困る。

 

 違うのだ。私は別に祀り上げられたいわけではない。

 魔法を広め、使って欲しいだけなのである。

 

 だというのに、不漁がどうたら不作がどうたらと、なんかもう本当に話していて疲れるばかり。

 平伏されても嬉しくもなんともないのだが……。

 最初に私が色々名乗ったのが頭から丸っきりすっぽ抜けてそうだな……。

 

「……よし、人間よ。これを受け取るが良い」

「へぁっ!?」

 

 いい加減に私は嫌気がさしてきた。

 なので、おもむろに背負った木箱を砂地に降ろし、中からゴソゴソとぶつをまさぐる。

 

「ふむ」

 

 私が手に取ったのは、赤化水銀の球体サンプル。

 金属ではあるが、金属光沢はなく、真っ赤に染まった物質だ。

 傍目には金属に見えないが、しっかりとした重みは水銀のそれである。

 これは水銀の高度な魔法金属であり、水銀変異体の最終形でもある。霊魂に対して非常に結びつきの強い性質を持っており、魔除けや術の発動において非常に有用な働きをしてくれるものだ。

 

「そ、そ、それは……?」

「これは魔除けの石である」

「おお!?」

 

 けどまぁ、素人への説明はこんなもんでいい。石じゃなくて金属とか、そんな根本的なことでさえどうだっていいのだ。

 そもそも、私が難しく話した所で絶対に聞き分けてはくれないだろう。

 わかりやすく通じていれば何だって大丈夫なのである。

 

「それで呪われし身を擦ればたちまち邪気は消え、悪霊に病んだ地は浄化され、魔族にぶつければ吹っ飛ばされた後完全にビビって土下座して謝るであろう」

「な、なんてこった……こ、このようなとんでもねえものを、お、俺に……!」

「案ずることはない。その魔除けの石によって水銀中毒に陥ることはないだろう。ただし高温魔炉によって熱すると溶解する危険がなくもないのでゆめゆめ気をつけるが良い」

「は、ははぁー! 俺ン村の宝にしますぅっ!」

 

 うん、よし。

 喜んでもらえたなら何より。

 

「じゃ、私はこれで」

「ははぁーっ!」

 

 私は荷物一個を囮にして、その場をさっさと後にしたのであった。

 あんまり神様みたいに信仰されると、扱いにくい魔力がまとわりついてきて鬱陶しいのである。

 崇められたら逃げるに限る。

 

 

 

 うーむ。しかし、あんな田舎とはいえ、陰陽師を知らなかったか。

 聞く限り魔という概念はあるようだ。いや、無ければ困る。魔族がこの日本……大和にいないとなると、魔法を広めるのがとても難しくなってしまうのだ。

 

 魔族を退けるために必要なのは、力だ。

 それは、人間の単純な腕力や脚力によってどうにかなるものではない。

 人間が魔を退けるためには、必ず強大な科学力か……魔力を用いた神秘の力が必須なのである。

 

 こんな西暦三桁の時代に、魔族を押しのけるだけの科学が発達するとは思えないし、実際有り得ない。

 今はまだ、どの地域でも術が幅をきかせていなければならないはずなのだ。

 

「うーむ、何も術がないということはないんだろうけども……やはり、もっと都会に行かなければ駄目なのか……」

 

 もしかしたら、さっきのようなど田舎だったから話が通じなかったのやもしれぬ。

 もっと人が多い場所ならば、土着の魔術を扱う人々がいても可笑しくはない。

 いや、むしろ居なくてはならない。それが陰陽だろうと仙術だろうと、何かしらは絶対にあるはずなのだ。

 

「……少しずつ言葉を覚えながら、都会に向かうとしよう」

 

 時間はある。気力もある。

 むしろ、この日本の古き土地の触媒に強い興味がある。

 

 うむ。もう一度材料を集めたり作ったりしながら、まったりと都会探しに出ることにしますかね。

 日本漫遊は既に始まっているのだ。旅の途中でも、全力で楽しむぞー。

 

 

 

 そういうわけで、私は再び旅を始めた。

 もしかしたら、まだこの大和には陰陽師がいないのかもしれない。

 陰陽師について詳しく知らないので、下手に名乗ることはできないし、私の身の上の設定は再び魔法商人になってしまった。

 しかし、変に術を使って危ぶまれたり怪しまれたりするよりは、相手の利益になるマジックアイテムをちらつかせる方がよほど懐には入りやすいだろう。

 

 少々展開が地味になりそうではあるが、これも戦略のうちである。

 人々がマジックアイテムを使い、まずはそれに慣れてから、その次のステップとして魔法を勉強すればいいのだ。

 時間は少しかかるだろうが、何世代か入れ替わればそれも常識となるだろう。文化はそうして侵食するものなのである。

 

「フフフ……なに、慌てることはない。魔法は魅力的なのだ。すぐにこの魅力の虜になるだろうさ……」

 

 私は低い声で笑いながら、人気のない山道を静かに歩いてゆくのであった。

 

 目指すは、西方である。

 

 


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