東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 日本を練り歩くこと数十年。

 小さな村やちょっと大きめの街など、様々な地域を歩いて回り、言葉を覚えたり、ちょっとした護符を配ったりと、私は縁の下の力持ち的な活動を続けていた。

 日本……いいや、大和か。大和の風土は初めて見る私からして見ればかなり新鮮で、想像以上に原始的なものであったが、それなりに楽しく過ごせている。

 

 夜道では妖怪などと呼ばれる魔族……いや、ここは大和なのだし妖怪で良いか。

 妖怪とも遭遇するし、旅はあまり安全とは呼べないものではあるが、こうして一般の人々の旅路の危険性を把握しておくことも、需要の把握には必要な事である。

 なので私の旅にしては珍しいことであるが、時折出てくる妖怪の襲撃も含めて楽しめている。

 相手の種類を分析するのも面白いし、どこでどのような妖怪が現れるのかを覚えるのも、それはそれで風情があって良いものだ。

 もちろん最後には適当な魔法で追い払っているが、邪魔なことに変わりはないのだから仕方ない。

 

 さて、私はそんな感じで、大和の広大な土地を散歩していたのであるが……。

 

 ある日私は、山の上で一際輝く神の光を見つけた。

 神といっても、そう特別なものではない。それは神族が放つ光であり、昔はよく目にした現象である。

 

「はて。あの山には神がいるのか」

 

 日本神話の神はほとんどが月の都に出払っているようなことを聞いたけれど、あれほどの強い力を放てる神族が、まだ大和に残っていたのだろうか。

 気になった私は、少し急ぎ足で山を登ってゆくのであった。

 

 

 

 そして“浮遊”を用いて手っ取り早く登山すること数分。

 私は輝きを放つ者の背後に到着した。

 

 ……そして、その人物が見覚えがあることに気がついた。

 

「クベーラじゃないか。久しぶり」

「おおうッ!?」

 

 山の頂きにて、私が偶然見つけた彼に声をかけると、クベーラは面白いくらいびっくりしたように体を竦ませた。

 一体私が何をしたというのだろうか。

 

「ラ、ライオネルか?」

「うむ。ああ、これね。見慣れていなかったか。これは外向き用の格好なんだ。……クベーラのそれも……?」

 

 私の姿は魔導商人風だ。クベーラが気づかないのも無理は無い。

 しかし、私から見るとクベーラの格好も随分と奇妙なものである。

 

 全身は鎧のようなものを着込んでいるし、手には立派な装飾が施された槍と、カンテラ……ではなく、宝塔? のようなものを持っている。

 その姿はまるで、七福神に出てくる毘沙門天にそっくりであった。

 

「随分とありがたそうな格好に変えたんだね、クベーラ」

「ハッハッハッ……」

 

 私がそう言うと、クベーラは苦笑いして兜を掻いた。

 

「まぁ、この格好もな。人々の信仰を集める一環なのだ」

「クベーラも信仰を集めているのか……」

「おうとも。今のこの大和は信仰を稼ぐにはもってこいの土地だからな。機があればいくらでも付け入ろう。お前に不都合があるわけでもないだろう?」

「うむ、まぁ別にいいと思うけど」

 

 信仰の力。

 それは魂を持つ者の祈りや願い、畏怖や怨みによって発現する力の総称であろうか。

 

 最近では多くの神族たちが人間からの信仰集めに熱中しており、人間社会では宗教によってかなりややこしい事態にも発展しているようだ。

 しかし、信仰の力は魔法とは一切関係が無いことである。私にとってはどうでもよかった。

 

「……でも、クベーラのその格好。なんだか……毘沙門天みたいだね?」

 

 それにしたって気になるのはクベーラの格好だ。

 鎧。槍。宝塔。そしてこの厳つい顔。ぱっと見た感じは丸っきり毘沙門天のそれである。

 

「うむ、そりゃあまぁ、俺が毘沙門天だからな」

「え?」

「いや、俺が毘沙門天だ。そう名乗っているからな、最近は」

 

 うそん。

 え、毘沙門天? クベーラが毘沙門天だって?

 

「クベーラって毘沙門天だったんだ?」

「だからそうだと言っているだろうよ。……ああ、ライオネルよ。お前は俺を呼ぶときは、いつも通りクベーラで構わんぞ。近頃の人間どもはその名で呼ばんからな。たまには元の名で呼ばれたいものだ」

 

 ……ええ……いや、なんてことだ……ショックだ……。

 いや、ショックというよりは、なんというべきだろうか……ううむ、いや、ショックなのだろう。

 

 まさかただの商人だと思っていたクベーラが、後の毘沙門天だったなんて……。

 いや、もちろんただの商人にしては顔が怖すぎるとは思っていたけれども、それにしてもここにきてそんなイメチェンに打って出るなんて、さすがの私でも予想できなかったぞ……。

 

 い、いかん。大和に来て今のところ一番の驚きに遭遇してしまった。

 ……帰ったらサリエルとか神綺にも教えてあげようかな……いや、別に教えてもどうにもならないか……。

 

「……で、えー……。クベーラ。クベーラはこんな場所で、何をしていたんだ?」

「ん、俺か? ……まぁ、信者の手助け、とでもいうやつだな」

「ほほう、信者。早速お仕事か」

「そういうことだ。真摯な信仰には見返りがなくてはならんからな。とはいえ、ここまであからさまな手出しをすることもそうそうないが……なに、先行投資というやつだ」

 

 クベーラは獰猛にニヤリと笑い、山の下に広がる景色を指差した。

 

「ライオネルよ、あそこの人の群れが見えるか」

「ああ、見えるよ」

 

 仮面の中で“望遠”を発動していた私に見えない物はない。

 荒れた道を列を成して進んでゆく軍隊らしき集団は、私の目にもしっかり映っていた。

 

「どうも、そこに面白い人間が一人混じっているようでな。……これから行われる戦、そいつの活躍を見ておいて損はないだろう」

「ほう。面白い人間……魔法でも使うのかな?」

「いいや、おそらくそうではないが……人にしては有り余る力を感じたのだ」

 

 ……ふむ、有り余る力。

 

 魔法使いでないのは残念だけども、クベーラがそこまで興味を示すとは……少し気になるな。

 

「一緒に観戦と洒落込もうではないか。なに、きっと面白いことになるぞ」

「ふむ……いいね、せっかくだし見ていこうかな」

 

 人間同士の戦いを観戦するっていうのも悪趣味だけれど、純粋な興味は何よりも勝る。

 私はクベーラと共に、その奇妙な人間とやらを見守ることにしたのであった。

 

 


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