東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 クベーラ曰く、この戦は大和の宗教の未来を巡った最終決戦のようなものらしい。

 蘇我氏側は仏教を強く推しており、対する物部氏側は日本の神々である神道を推しているのだという。

 形としては、大陸より流入してきた仏教を受け入れる蘇我氏側に、物部氏が強く反発、それを蘇我氏が鎮圧、制圧……という流れになっているようだ。

 

 蘇我氏はもちろん、私もよく知っている。蘇我入鹿である。

 この戦いでは蘇我馬子(そがのうまこ)という男が軍を率いているらしい。そこらへんになると少しうろ覚えだ。

 

 勝てば国教。負ければ賊軍。

 さて、歴史としては多分蘇我氏が勝つのだろうけれども、この戦いは果たしてどうなるのだろうか。

 

 クベーラと見守る大和の戦い。

 はてさて。人間の戦はどのような感じなのか。

 

 

 

「切り開けぇ!」

「数はこちらが上! 恐れるなァッ!」

 

 物部氏の屋敷は自然豊かな丘陵地帯にあり、それを取り囲むようにして蘇我氏の軍勢が攻め込んでいた。

 手にする武器は弓矢や石。腰に剣などを佩いている者もいるけれども、基本的には遠距離系の原始的な武器が多かった。

 見てくれは少々野暮ったいが、実に合理的な判断である。投げた石に勝る攻撃はなかなか無いものだ。

 

「斉射! 撃てェッ!」

 

 しかし、守る物部側も考え無しではない。

 丘陵地帯の上部に身を潜める物部氏の兵士達は、編み束ねた草むらを利用してうまく攻撃を防ぎつつ、機を見て弓矢による反撃に転じている。

 彼らの弓の腕は凄まじいもので、投石や曲射を試みた蘇我氏の兵は的確に撃ちぬかれてゆく。

 位置関係もあるだろう。このような戦いにおいては、どうしても上側の者が優位になりがちだ。

 そして守る側は堅実に、深追いしないように高度に行動範囲を守っている。

 

 ふむ、原始的ではあるがなかなか良い戦い方じゃないか。

 草むらを束ねて防護壁とする戦術も良い。生草は火矢の延焼を食い止めるし、泥を塗って水分をより多くすることで、防火対策はほとんど完璧なものに仕上がっている。

 それに弓による牽制もいい感じだ。狙いは的確で、草結びに足を取られた兵士を重点的に狙うことで無駄をなくしている。ああすれば、攻める側は士気を削がれることだろう。

 

「……ん?」

 

 防衛側の物部氏が圧倒的優位かと思われたが、攻める側の陣形に変化があった。

 丘陵地帯を取り囲んでいた蘇我氏の兵たちが陣形を変え、少しずつ勢力を一点に集中し始めたのだ。

 兵士一人一人や兵長の指示で成せる全体の流動ではない。これは軍を取り仕切る者の指示がなければ不可能な動きだろう。

 

 しかし、高台から見下ろす物部氏側も、蘇我氏の急激な陣形変更に気付いている。

 蘇我氏の裏側へ回ろうとする人の波に対しては、同じくらいの密度で兵を動員し、対応に当たらせる。

 大きな円周を描くよりも小さな円周を描く方がより早く正確だ。ほとんど必然的に、物部氏側が防衛陣を築く方が早かった。

 

 ……まさか、兵を何度も動かして相手の弱所を探ろうとでもいうのだろうか。

 ふむ。それも悪くはない作戦だとは思うが……兵の消耗は攻め側の方がより大きくなる。あまり賢い戦法とは言えないが……?

 

 

 

「む、奴だ」

 

 私が首を捻っていると、隣で観戦するクベーラが声を上げた。

 

「奴。というと、さっき言っていた?」

「ああ。特別強い奴が出てきたぞ」

 

 ほう、ついにお出ましか。

 クベーラが気付くくらいだ、当然私にも見えるだろう。

 

「蘇我は兵を相手の背面へと回りこませたが、それは誘導。全ては、正面に残した一人の男のための布石に過ぎん」

 

 兵士のほとんどが陽動のために背面へと回った、その時。

 手薄になった正面側には、なるほど確かにクベーラの言う通り、一人の男が立っていた。

 

 長い銀髪。白い衣。そして、白い肌。顔は猿のような木製の面で隠されており、窺うことはできない。

 儚げな女人のようなシルエットだが、その男は堅強な白馬に跨がり、風のような速さで丘陵を登っている。

 

 ――手にしているのは、この時代では全く見られない武器、薙刀。

 

 それを馬上で軽々と振り回し、男は草むらの防壁を馬跳びで躱しながら、着々と内側へと潜り込んでゆく。

 人馬一体とはまさにあのことか。私もゴーレムを使えばあれくらい簡単にできるが、人間が裸馬に乗ってあそこまで安々と悪路を駈けるのは、見ていてなかなかに迫力がある。

 

 しかも……見ればあの男。薙刀を馬上で振るい、襲いくる矢を的確に打ち払っているではないか。

 それだけで既に人間業ではない。

 いや、あれは本当に人間なのだろうか?

 

「奴は、厩戸王の直属の護衛らしい。俺も詳しくは知らんが、戦う能力で見ればそこらの妖魔には全く引けをとらんな」

「ふむ……」

 

 薙刀を手足のように操り、矢を落とし、草むらを根こそぎ刈り取る。

 道を阻むもの全てを切り刻む謎の白い男の登場に、私の観察にもつい熱が入ってしまう。

 

「お」

 

 やがて、仮面の男がついに敵陣へと突入した。

 蘇我氏の陣形変更のために手薄になった正面側は、彼が切り込む絶好の弱所となっていたのだ。

 いや、普通矢が飛んでくる場所を弱所とは言わないか。強引に突破したと言うのが適切かもしれぬ。

 最低限の守りを打ち破るほどの単騎がいるなど、常人には考え付きもしないことだ。

 

「ほほう。物部の陣形が動揺し、崩れてきたな」

「まさか一人に突破されるとは思ってもいなかったんだろう。無理もない」

「ああ。しかし、このまま決着がつきそうだな」

 

 白い者の奇襲を起点に果敢に攻めこむ蘇我氏。

 前後からの攻撃に目を白黒させる物部氏。

 

 さて、決着はどうなるか。

 


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