「河勝殿。太子様がお呼びです」
「む」
明くる日、私は太子様より呼び出された。
今日は外へ赴かれることのない日であったはず。
護衛以外の用があるということだろうか。珍しいこともあるものだ。
「ただちに向かおう」
太子様がお呼びとあれば、帳簿の整理をしている場合ではない。
ただちに馳せ参じ、あの方のお役に立たなくては。
私は太子様の直属の近衛であるため、部屋自体は近い。
廊下をしばらく歩いていれば、太子様の部屋にはすぐに辿り着いた。
「河勝、来たようですね」
「は」
太子様は大変耳がよろしい。
こうして誰かが部屋の近くに通り掛かるだけでも、足音から簡単に誰が来たのか察知できる程だ。
私は太子様の目と耳を煩わせぬよう、部屋の入口にて跪いた。
「河勝、よく来てくれた」
「太子様の命とあらば」
「まあ、そう畏まるな。お前の心の声が忠誠で満たされていることはわかっている」
太子様は、公に性別を偽っておられる。
そのために未だ声は高く、着物も工夫しなければ外行きにも差し支えてしまう程。
……これからは、より太子様の装いに気を配らなければならないだろう。
「率直に訊こう、河勝」
「は」
「巷で話題となっている呪術師について、聞いているか?」
「……いえ」
呪術師?
……聞き覚えはない。凱旋の後、いくらか外の警邏にも出たが……そのような者の噂は少しも聞かなかった。
物部の術師は全て捕らえるか切り伏せるかした後であるし、野にそのような者がいるとも思えん。
万が一あるとすれば……海の向こうの世界くらいしか……。
「近頃の都で騒がれているのよ。なんでも、かなり高品質な妖除けの護符を格安で提供している……ってね」
「……高品質の妖除け?」
妖除け。妖怪を遠ざけるものであれば、珍しいものではない。
ちょっとした石片や木片でも、上手くいけば魔を遠ざける品となる。
だが高品質というと……人為的に作ったものでなければ、そうそうお目にかかることはないだろう。
「ええ。なんでも、使えばどのような妖怪であってもある程度退けることもできるとか……」
「ある程度……」
「我々で言う所の、中級妖怪ね」
……それが本当だとしたら、凄まじい護符だ。
下級ならばともかく、中級の妖怪を退けるともなれば、術者の技量に依存する部分が大きい。
とても道具に込められた力だけでどうにかできるとは思えない。
「噂はおそらく本当よ。私の耳には既に何人かの信頼できる者からの情報が入っている」
「……つまり、その情報は」
「ええ、同じ。噂の呪術師よ。護符の話は本当みたいね」
……都に、そのような商人がいたとは。
迂闊。私も噂には明るい方であると思っていたが……やはり、こういった細々とした部分では太子様には敵わないか……。
「その呪術師、護符を売るだけであれば私も看過してやったのだけど……」
「何か、その者が問題を?」
「問題、と言うべきだろうか。……売れるとわかったのか、護符を大量に販売し始めたのよね」
「はあ……」
護符を大量に。
……ふむ。妖の被害が抑えられるのであれば、悪いことではないが……。
「それも、十や二十じゃない。数百の単位でよ」
「それは」
それは、さすがに凄まじい数だ。
驚いた……都の人間全ての分を賄える程の量ではないか。
それを……個人で用意したのか? だとすればどれほど知に長けた者なのだろう。
「話がそれだけなら、景気のいい商人で話は終わるのだけど……」
「まだ、何か」
「ええ。どうもその商人が、護符の後に奇妙なものを売り始めているらしくてね」
「奇妙な……?」
「奇妙な輪だったり、棒だったり、様々なものよ。護符は都の民も珍重しているようだけど、新たに並べたその品々については理解できないようでね」
「……正体不明の呪物、と」
「そういうことです」
護符を広めた呪術師。
そして、新たに広められようとしている不可解な呪物。
なるほど、これは……看過できないことだ。
「河勝。都に繰り出し、呪術師と接触しなさい」
「……接触、のみでよろしいのでしょうか」
私は常に傍らに寄り添わせた薙刀を手に、訊ねた。
「ええ、接触のみでいい。もしかすれば、それは我々の助力となる者かもしれませんので」
「……あくまで、良好な関係を……ということですか」
「そのように近付きなさい。敵対は、あくまで最後の手段です」
「は。かしこまりました」
いささか危険な気もするが……。
……それが太子様の命とあらば、是非も無い。
護符を広めし呪術師。その真贋、私が見極めてやろうではないか。