東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 河勝の吐露は、私の乾いた胸に響くものがあった。

 

 人に嫌われたくない。ふむ。私の場合は、嫌われるどうこうの前にそもそも話せる相手がカンブリア紀やクレバスの中に居ないというしんどさであったのだが、きっと同じようなものであろう。とにかく人と自由に触れ合えないというのは、なかなか厳しいものである。

 慣れてくれば別に嫌われようが迫害されようがどうにも思わなくなるものだが、それを現イケメンでミイラではない河勝の心に求めるのは、酷というものであろう。彼はまだ若いのだ。

 

 ……上司から信頼されない、か。

 うーむ……信頼か……上司からの信頼ねぇ……。

 私はそもそも、何年もの間ずっと出世も何もないコピーとお茶くみと雑用ばかりの窓際観葉植物族だったからなぁ。仕事の人間関係のアドバイスというのは、正直五億年経った今でも微妙かもわからん。

 仲の良い後輩くらいならいたんだけども……ううむ……どうやら私では、彼の悩みを解決する力にはなれなさそうである。

 

 まぁ、河勝も特別長生きな人間ではあるようだが、それでも人間は人間。

 多少は神族の血を引こうと、魔族の血を引こうと、厳密にそれと同じではないのだ。

 最初のオーレウスのように、血が薄まれば寿命も縮まるもの。

 

 彼はそれこそ、自分の命を無限に近いものだと考えているのかもしれないが……私の目から見れば、それは間違いなく有限である。それも、私の目で見て“それほどでもない”と言える程度には。

 

 だから、まぁ、多少くらいであればその人生。彼からしてみたらお節介なことかもしれないが、私で良ければ見守ってやらんこともない。

 貴方は記念すべき、初めて私を倒した人間なのだ。人としてのその一生を、私は最後まで見守ってやろうと思う。

 

 なに、いざとなったら魔界に来ればいいのさ。

 地上のどんな権力者が、王が、神が貴方を迫害しようとも、魔界は貴方を受け入れるだろう。

 そしたら後は仮面型マジックアイテムでも作るなりして、のんびりのほほんと暮せば良い。

 あるいは文筆家にさえなれるかもわからんよ。

 

 

 

「ふむ。なかなか冷えるな」

 

 夏。私はこの季節にしては少々涼しい気候の中で、懐炉用の縄を売って大和に溶け込んでいた。

 しかし夏だと言うのに、近頃は寒気が迫っているのか、少々肌寒いようだ。人々は物部の祟りだの神の怒りだの、科学ガン無視で霊的要素に真っ向から文句を吐き捨てることで身体を温めているようであった。

 

 うむ。霊的なものを信仰するのは悪くないと思う。私としては魔法に目を向けてくれるのであれば、それ以上のことはないと思っているので。

 ……しかし、魔法にだって科学はある。現代的な科学とはかなり違う部分もあるが、科学といえば科学なのだ。なんでもかんでも“祟り”だの“神の怒り”だのに変換されては堪ったものではない。ぶっちゃけ論外にも甚だしい。

 

 なので、私はこの異常な夏の寒さを利用して、ちょっとした品物を売り出すことにした。

 それはつまり、懐炉である。

 この時代に鉄粉を用いた懐炉などというものはない。ちょっと時代が進めば、金属製の入れ物に熱源を納めた原始的な懐炉が出現するのかもしれないが、どうやらこの時代にはまだ生み出されていないらしく、厚着で乗り越えるのが通例であるようだった。

 それに寒さを乗り越えるにしても、春からせっせと薪を集めて冬に備え篭もるといった、大掛かりな方法がほとんどであり、夏場のような季節には突発的な寒さへの備えはほとんどされていないのが現状であるらしかった。

 

 なので、私は太めの難燃性の縄に火を点けるだけで扱える、簡単な携帯用懐炉を作り、売りはじめたのだ。

 ゆっくりジリジリと燃える太い縄と、それを大きめに取り囲む竹製の頑丈な籠。

 これを懐に入れておけば、まぁそれなりの暖かさにはなるだろう。実際効果は満足のいくものらしく、悲しいことに私が普段並べる魔道具よりもずっと売れ行きは良いものであった。

 

「おう、静木さんありがとうなぁ。最近変に寒くてたまらんのよ。おお、あったけぇ」

「ははは、いやいや、これも魔法商人の務めだよ」

「普段からもっとこういうの増やしてくれていいんだがなー」

「ハハハ……」

 

 ……魔法を理解してもらうには、ひとまず簡単な科学からという考えで売り出した道具なのだが……こうまで人気が出てしまうと、正直複雑な気分である。

 

「静木」

「うん?」

 

 私が草の束をねじねじして縄を作っていると、白馬に乗った河勝がやってきた。

 彼は色々と思い悩み続けてはいるものの、未だこうして大和を……国内を走り回る職務を続けているらしい。

 まぁ、本人が良いなら私はとやかくは言わないけれども。

 

「やあ河勝。普段より厚着して、寒そうだね」

「実際に寒いからな。そういうお前は、変わらんようだが……」

「暑いのも寒いのも平気な身体だから」

 

 具体的には絶対零度でも活動できるし太陽の黒点の上を歩くことだって出来たりする。装備は特製のローブ以外全部燃え尽きるだろうけどね。

 

「ああ、お前は不思議なほど頑丈だからな……だが、この国の民草は、季節外れの寒さにそう強くはない」

「そのようだね。日照りも寒さも、続けば作物には大打撃だ」

「まさに。……一応聞いておこうか。静木よ、この異様な寒さ、どのような原因があると考える?」

「さあ? まだ十日ほどだし、なんとも。それに涼しいといっても、たかだか十度くらいでしょうよ」

 

 正直このくらいの季節外れの寒さは、特別珍しいことではない。

 人間のスパンでみれば一年毎に“季節はずれの~”とか“これまでにない異常な~”とか言ってまるで世界の終わりような規模で大げさに喧伝するのだろうが、十日程度ならまだまだ冷夏扱いできるレベルだ。気温も夏にしては低すぎるっていうだけで、真冬と呼べるほどかというと僅かに足りない。

 皆が寒がっているのは、服の質が問題なのだし。

 

「そうか……。だが私は、この寒さを妖怪の仕業だと睨んでいる」

「妖怪ねえ」

「なんだ、不服そうだな?」

「まぁ、あり得なくはないだろうけれども。根拠はあるのかい?」

「もちろん。それらしき証言を聞いた故、こうして駿馬に跨っているのだ」

 

 白馬の北通(きたとおす)君は、河勝に顔を撫でられてブヒヒンと嬉しそうに鳴いた。足は早いのだが、もうちょっと品よく鳴いて欲しいものである。

 

「実はな。北の方の沿岸に……巨大な氷の塊が次々に押し寄せているそうなのだ」

「え?」

「驚いただろう? これはありえないことだ」

「そりゃそうだ。有り得ないな」

 

 北の海。大和から見たその海とは、つまり日本海側のことだ。

 流氷はロシア側から北海道に流れていくものだし、日本海の海流から言っても氷が流れ着くなんて有り得ない。

 南極が気前よく割れて気前よく奇跡的に流れたとしても、有り得ないことだ。

 

「それを聞いてどう思う? 静木」

「……ふむ。確かに妖怪……そんな存在が関わっていたとしても、おかしくはない。むしろその方が自然だし、色々と説明もつく」

「だろう?」

「……河勝の中では、ほとんど確信していたことなんだろう。何故この話を私に?」

「うむ。まぁ、情けない話になるのだが……実は以前にも、似たような寒気を扱う妖怪と闘ったことがあってな。長い斬り合いの末にどうにか斃すことはできたのだが、長引いたためか、辺りの土地が雪に埋もれて、一年ほど使えなくなってしまったことがあるのだ」

「そりゃ随分と豪雪で」

「ああ。倒せなくはない……が、しぶとい上に強く、周囲への影響も多かった。勝ったとしても、それでは困るだろう? 故に、静木。私と共に来て、少しばかり力を貸して欲しいのだ」

 

 珍しい。河勝からのお願いとは。

 

「前に、私はあまり仕事に関与しないと言ったはずだけども」

「……頼む。お前自身は、見ているだけでも良い。それこそ、道具を私に売ってくれるだけでも良いのだ。民の命もかかっている。……出来る限り、万全を期して臨みたい」

 

 ふむ。まぁ、言うほど私も頑なに行きたくないわけではない。

 というより、その日本海の流氷とやらが結構気になっている。河勝が一人で勝手に行ったとしても、私はついていった可能性は高いだろう。

 

「まぁ、気にすることはないよ。私もその異変は気になるしね」

「おお! では!」

「共に行こうじゃないか。珍しい物も見れそうだ」

「すまない、助かる」

 

 こうして、私と河勝は二人で沿岸部へと旅立つことになった。

 目指すは避暑地。おそらくは妖怪討伐ショー付きの、なかなか豪華な旅行プランである。

 

 


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