東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 新しい魔術を編み出してみたり。

 

 マジックアイテムを適当に作ってみたり。

 

 神綺と一緒に囲碁やってみたら楽勝すぎてすぐにやらなくなったり。

 

 再び彫刻に精を出して、大渓谷の高い場所に私専用の根城を作ってみたり。

 

 第三のビールよりももうちょっと美味しいビールを出せないかと頑張るものの、やっぱり出せなかったり。

 

 魔界の区画整備と称して、様々な実験場や地形を辺鄙な所に作ってみたり。

 

 まだ誰も住民のいない彫刻の都のパン屋さんで、なんとなくパン(みたいなもの)を焼いて、神綺に食べさせてみたり。

 

 神綺がパン(みたいなもの)嫌いになってたり。

 

 ちょっと目を離した隙に木生シダ共が樹高五十メートル近い大成長を遂げてたり。

 

 すっかり存在を忘れかけていた謎のアホ毛生物が墓廟の大階段に座り脚を組んでいたり。

 

 その話を神綺にしたら、“え、あれってまだ生きてるんですか”ってものすごく他人ごとな感じだったり。

 

 

 

 

 ……色々なことがあった。結局のところ、大概がしょうもない暇つぶしだったのだが。

 それでも、今となってはみんな輝かしい思い出である。

 

 凝る余地を残す分野においては、膨大な時間の中とはいえ、時間を忘れるほどに熱中できるものだ。

 特に彫刻による住居の作成などはやりがいがあり、神綺と一緒になって行う単調な作業は、私の心を癒してくれた。

 

 遊びも、研究も、他の色々も。

 

 神綺と一緒にいるから、私はこれまでやってこれたのだろう。

 きっと一人だったら、私の壊れるかどうかもわからない心も、きっと歪な形にねじ曲がっていたに違いない。

 

 だからこそ、私はなんとしてでも、魔界の住人を増やしたい。

 私がいない時でも神綺が退屈しないように、彼女と笑顔を共有できるような、そんな住人をもっと沢山増やしたい。

 

 

 

 

 だから私は、氷河期が明けたであろう時と共に迷わず、地球へ躍り出ることにした。

 しばらくの別れだが、それは永遠ではない。そして戻る際には、必ずや新たな仲間の礎となる成果を両腕いっぱいに抱え、凱旋するつもりである。

 

 氷河期という、過酷な環境の変化によって淘汰され、洗練された生物達ならば、きっと私の研究に光明を穿つ存在も現れるだろう。

 生命は、難所を迎えるごとに強くなり、多様化するもの。

 

 今回の氷河期によって、おそらく大部分の生物が死滅してしまったであろうが……私はそれを糧として、次の段階へと進ませてもらう。

 

 

 

 

「では、お元気で、ライオネル」

「ああ、行ってくるよ」

 

 私は扉を潜り抜けて、希望の広がる地球へと旅立った。

 

 

 

 

「……えっ」

 

 扉を潜ってまず最初に現れたのは、巨大な顔だった。

 

 人間ほどはあろう、大きな顔面。全体を覆う鱗。わずかに見え隠れする体毛。

 こちらを見定めた、ギラギラと輝く瞳。

 

 そして、大きく開いた、鋭い牙の並ぶ大口。

 

「ギャァ!」

 

 旅立ちと同時に、私は巨大な爬虫類……恐竜によって、上半身を噛み付かれたのだった。

 

 

 

 

「死ぬかと思った」

 

 私じゃなかったら実際のところ死んでいた。

 当然、これまでの間ずっと研鑽を積み続けてきたのだから、私が恐竜ごときに遅れを取るはずもない。

 咀嚼力が強いのと、振り回す勢いがそれ以上にすごいことにはびっくりしたものの、私の手から放たれる無慈悲な“蝕みの呪い”には為す術も無く即死する他なかったようだ。

 

 大きな音を立てて横倒れになった巨大恐竜の傍らに立って、そちらの方にも興味を惹かれながらも、私は高く聳える山を見上げる。

 

「……待ってたぞ、恐竜達よ」

 

 空には鳥のような影が浮かび、離れた遠くの地上では、首の長い影が列を成して歩いている。

 足元には虫と、かなり種類の増えた植物たち。

 

 いずれも現代ではまったく見られないものたちではある。

 しかし、この多様性こそがまさしく、私が想像する本来の地球らしい姿であった。

 

 種類を数えてみても数えきれない植物。

 どれだけ歩いても出会いが尽きない陸上の動物。

 深い海の中で泳ぎ続ける、海中の水生生物。

 

 多様性。まさにそれ。心が踊るような広い世界が、十歩も歩かぬうちに、視界の中に広がっていた。

 

「やっほーーーー!」

 

 何より、何といっても、恐竜!

 私はこれを待っていた! 恐竜だ!

 

 空想と仮説でしか語られていなかったこの存在を実際に目にすることができるなんて!

 

 私は嬉しさのあまり両手を上げて走りだし、

 

「ウギャァ!?」

 

 小型の肉食恐竜のタックルを受け、再び一悶着を起こす事となってしまった。

 

 

 

 ……まぁ、出だしはなんともいえないけれど、恐竜だ。

 ならば良し。そういうものである。

 

 神綺、必ず魔界に恐竜を……いや、そこから進化させたドラゴンを持って帰るからね!

 

 


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