適当な雑木林に入り、適当に“魔力の収奪”で魔力を掻き集め、魔界の適当な所へとダイブする。
「ほっ、と」
「おかえりなさい、ライオネル」
「ただいま、神綺」
どうやら大森林の拓けた場所に降り立ったらしい。
植生は古めで、こうして先程までいた日本の風景と比べると、なるほど。植物も合理的に進化しているのだなと、改めて実感できる。
「あ、そうだ。神綺、これ大和のおみやげ。帰る間際に、大量の穀物の処理に困ってね……せっかくだし高級品ということで、どうにかこれを手に入れたんだ。はい、どうぞ」
「え……? あー、これなんでしたっけ?」
「あれあれ、チーズモドキ」
これは、大和ではなんかソとかいう名前のやつらしい。
乳をひたすら煮詰めるとこうなるのだが、砂糖がなくても地味に甘かったりする、デザートのようなものである。
火加減によっては牛乳で作った炭みたいな味になるので、安定した火力でなければ作るのが難しい代物だ。
豪族しか食べられないような嗜好品なので、入手はほとんど不可能なのだが……大量の穀物と反物をちらつかせればこの通りである。
荷物の整理もできて、土産になる。なかなかいい取引だった。
「あー、前に作ってたやつですねー。んむ、甘くておいひー」
そんなお土産を、神綺は一口で食べてしまった。
うんうん。まぁ、美味しいものをチマチマ食べる人もいれば、一気に食べる人もいるよね。
神綺が幸せなら私はそれで良いと思うよ。
「ところで、ルイズとアリスが魔界の扉を据えるに丁度良い場所を見つけたって話だけど」
「ワイン……ん、そうですね。サリエルからそのような手紙を受け取りました。二人共、今はクステイアに居ると思いますよ」
「はい、ワインどうぞ」
「わーい」
「それじゃあ、クステイアに行ってくるよ。二人を待たせてるといけないから」
「はい、いってらっしゃーい」
ご満悦な神綺にもう一つのソを渡し、私はクステイアに向けて瞬間移動したのであった。
魔界都市クステイア。
模倣の海が広がる、漁業が盛んな都市である。
クステイアではちょっと前からコロシアムでゴーレムを用いたちょっとしたゲームが流行っており、その試合は見るたびに練度を増している。
なかなか面白いもので、私もちょくちょく観戦に来る場所だ。
「ふむ」
私が今いるのは、クステイアの自然公園にある小高い丘だ。
周りには誰もおらず、名も知らぬゆっくり生首生物が木陰で昼寝をしているだけの、のどかな場所である。
コロシアムはちょっと遠くにあるので、ちょっと魔術で覗いてみようか。
「“鳥の目”」
指で丸をつくり、魔力のレンズを通して覗き込む。
すると向こう側の景色がすーっと向こう側へと流れてゆき、人々の往来をすり抜け、家を越え、コロシアムの真上にまでやってきた。
そこで一旦停止。ぐるんと下を向き、再び会場を覗き込む。
「“人探し”」
で、視界に映る人々を魔法的な瞳で一気に“視る”。
「いないか」
どうやら二人はコロシアムにいないらしい。
だとすると、今はルイズの自宅にでもいるのだろうか。ルイズとアリスがいる場所の心当たりといえばそこかカフェかのどちらかだ。とりあえず行ってみよう。
「ああ、地球もこれくらい楽できたら良いんだが」
原初の力をポンとするだけで一気に移動できる。
魔法使いとしてあまり褒められた癖ではないが、やはりこの動きやすさは良いものだ。
「ごめんください」
年季の入った屋敷のドアノッカーを鳴らす。
すると程なくして、家の中から床が軋むような音が近づいてきた。
「ライオネル、久しぶりね」
「やあルイズ。待たせたかな」
扉を開けたのは、いつものように糸目で微笑むルイズであった。
なんだかんだで、彼女との付き合いはそれなりに長い。
出会った頃からの時間で考えれば、魔人の中ではそろそろトップ10にまでなるだろうか。
「アリスも中にいるわ。椅子も用意してるから、扉に関することはリビングで話しましょう?」
「おお、そうしようか。お邪魔するよ」
「ライオネル」
「うん?」
私が中へ踏み出そうとしたのだが、ルイズは細めた瞳を僅かに開き、黙って私の顔を見つめ続けていた。
「……地球に連れて行ってくれて、ありがとう」
そして、本当に。心の底から幸せそうな、少女のような笑顔を浮かべ、そう言ってくれたのだった。
「……そうか。地球は、楽しかったかい?」
「ええ。すっごく」
「そうか。それは、嬉しいな」
地球が素晴らしい。
……そう言ってもらえると、何故だろうな。私としても、嬉しいよ。
「ところでライオネル、その変な仮面は何?」
「うん? ああ……外してから入ろうか」
「ふふふ」