東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 常世神(とこよのかみ)

 それは救いの神であると、人々は口を揃えて云う。

 

 御神体は大和のどこでも見かけるような幼虫……アゲハ蝶の幼体だ。

 これを常世の虫とし、崇め祀ることによってご利益があるとのこと。

 常世神を崇めれば、人々は富と長寿を授かるという。

 貧しきものは富み、老人は若返り、病人は快方へ向かい、辛苦は幸福へと転ずるのだとか。

 

 ……馬鹿な。そのような都合のいい神など、存在するはずもない。

 私や役人であれば直ちにそう断ずる程に、俗物的な神だ……が、しかし……実際に、この常世神は人々に益を齎しているというのだから、始末が悪い。

 

 人々が宴に酔いしれている間、私は祠やその周りを調べて回った。

 そして聞き込みなども並行して行っていると、どうも祠の前に並んだ食物や酒などの財は、人ならざる力によって運ばれてきたものなのだそうだ。

 人力で運ぼうと思えばそれなりの大荷物となるだろう。しかしこれらは人の力を一切使わずに、それこそ“常世神”の独力によって、そこに現れるのだという。

 財がやってくる時には必ず砂埃のようなものが舞い、唐突に風が吹き荒び……そして目を開けば、既にそこには財があるのだとか。

 

 ……突如として現れる財の数々。

 なるほど。民衆の心を掴むには、これほど簡単で単純なやり方もないだろう。

 常世神のご利益を受けるには、まず先に人々が祠に自らの財を“喜捨”する必要があるらしいが……返ってくる時には、喜捨した財よりももっと沢山返ってくるらしい。

 恩恵を実感として、そして目でわかりやすく理解できるのだ。人々がこの神を崇める気持ちも、確かによくわかる。

 

 ……だが、それほど美味い話があるだろうか?

 彼らは、人々は疑問に思わないのだろうか?

 

 自らが祠に喜捨した財が、どこへ消えているのか。

 祠に現れた莫大な財とやらが、どこからやってきたのか。

 

 ……財とやらが返ってくる保証など、一切存在しないというのに。

 

 

 

 常世神(とこよのかみ)

 その字面だけを見れば、まるで大和に伝わる土着神のようではあるが、このような名の神など存在しない。

 常世とは、不老不死の者が住まう世界といわれ、黄泉や死後の世界であるとも考えられている。だが、常世神などという名を持った神はいないし、私も気になって調べてみたが……やはり、どのような文献にも載ってはいない。

 

 名だけは仰々しいものだが……これは、架空の神だ。

 この世には存在しない……おそらくは何者かが独自に創作した、新たな神。

 

 その神を、どこにでもいるような虫をご神体として祀り上げ、何らかの怪しい妖術を使うことによって“財”の転送を行い……人の暮らしを一時的に豊かにする。

 そうすることで、常世神はこの国に生きる人々の支持を獲得しているのだ。

 

 ……その後、私はいくつかの町や集落を見て回ったが……驚くべきことに、どのような場所であっても、常世神の祠が存在した。

 小さく粗末で、神秘性を感じられるものとは言い難い祠ではあったが……しかし、確かに常世神の影響は各地に色濃く存在し、実際、人々はアゲハの幼虫に対して低頭平身で祈っていた。

 

 ……従来の神道でもなければ、仏教でもない。

 新たなる架空の神を崇める宗教、“常世神”。

 それは、大和の信仰を確実に、また凄まじい速さで削り……我が物としつつある。

 

 そして“常世神”の隆盛と台頭が加速し続け、たどり着く先は何か。

 

 ……間違いあるまい。それは破滅だ。

 

 人々は財が来たと喜び、食事と酒を盛大に使って宴を催しているが、それは元はと言えば別の場所で作られたもの。

 なんということはない。常世神によって運ばれる財とは、別の祠に捧げられた、同じ大和の財でしかないのだ。

 それは、見覚えのある織り方の反物を見れば簡単にわかること。

 実際、辺鄙な地域によっては財を投げ打ったものの見返りが返ってくること無く、飢えて窶れた者が増えているとも聞いている。全てが全て、恩恵を授かっているわけではないのだ。

 

 やってくる財にうつつを抜かし、備えること無く食い、飲み、遊び呆け……その先に、何が待っているか。

 大和の穀物と酒が全て消費され、それでも尚人々が祠に、自らの唯一の財を投げ出した時……。

 

 そこにあるのは、飢えと苦しみだけ。

 ……避けようもない、大和の死だ。

 

「許してなるものか」

 

 太子様は、人々のために、この国の未来のために隋より仏教を取り入れた。

 それによって人々は清貧を覚え、和を知り、豊かに生きてゆけるはずだったのだ。

 その遺志を、この宗教は……誰が考えたものかは知らんが、この矮小なる虫を祀り上げた者は……容易く踏みにじり、食い千切ろうと目論んでいる。

 

 許されるはずがない。赦して良いはずがない。

 太子様が遺した大和の平和を乱すなど……この秦造河勝が、決して!

 

「……必ず捕らえ、討ち滅してやる」

 

 常世神は、これらの教えを最初に広めた“教祖”が存在するのだという。

 そいつは自らの下に(かんなぎ)を従え、国のあらゆる場所で教えを広め、同時に祠も作っているらしい。

 

 ……まずは、教祖の手足である覡や巫女と接触する。

 そして連中を無力化し、教祖の居場所を吐かせる。

 教祖までたどり着けば、“財”を転送する妖術も差し止められるはずだ。

 その後に全国の社を取り壊せば、この問題は解決へと向かうだろう。

 

 ……こうして、問題を前に大きく動き出すのも久方ぶりだな。

 太子様が生きていた頃と同じ、この猿の面を付けるのも、何年ぶりになることか……。

 

「だが、これでこそ……“秦河勝”らしいのかもしれんな」

 

 太子様のために動くのが、“秦河勝”だ。

 太子様の前に立ちふさがるものを排除するのが、“秦河勝”だ。

 

 この面は、私が“秦河勝”であるための何よりの証。

 

 決して何者にも負けぬ男の、覚悟の顔だ。

 

 


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