東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

333 / 625


 

「ゴッ――」

「カハッ……」

 

 ふらつく人間など、案山子も同じ。刃を突き立て、細切れにするなど造作もない事だ。

 

(むご)かろうが、許せよ」

 

 十六人。

 連中の傍らを颯爽と通り過ぎる頃には、全ての敵が両の手足を失い、地に倒れていた。

 多少、雑に腹や首を掻っ切った者もいるが、些細なことであろう。

 これだけの人数がいれば、何人かは情報を漏らすはず。

 

 ……見たところ、連中のほとんどは蠢いてはいるが、先程までのように動く様子はない。さすがに手足を生やせるほどに、人間を辞めたわけではなかったか。

 

「さて、死んだわけではあるまい。私の問に、答えてもらうぞ」

 

 私は叛徒の無力化を確信し、そのうちの“大信”と呼ばれていた者の胴をひっくり返した。

 

「……な」

 

 (フード)の裏に、どのような顔があるものか。

 私は狂気じみた人相を脳裏に浮かべていたが、しかし、その予想は裏切られた。

 

「ォオ……害虫が……害虫ゥ……!」

「……お前……」

 

 覆いを取り払ったそこにあった顔。

 それは、既に人のものではなかったのだ。

 

 ――化け物。

 

 まるでひねりのない言い方ではあるが、その表現こそがしっくりくるのだろう。

 顕になった大信の顔面は、焼けただれた組織が強引に撹拌され、塗料として塗られたかのような不気味さを漂わせていた。

 目鼻や口も、本来あるべき場所にはない。歪につり上がった口の端や目尻、それとは逆側に捻れた鼻……。

 

「なんと醜い……」

「ォオオ……! 貴様が、貴様が……!」

 

 なるほど。捨て置かれた手足を見れば、それらも似たような状態にあるらしい。

 おそらくは全身が爛れたような、不気味な姿に変容しているのだろう。

 

 ……私が切断した切り口からは、粘度の高い体液が漏れている。

 血液……らしき色は残されているが、あのどろりとした液が体内を駆け巡るとは思えない。

 

 何故生きているかもわからない連中の姿だったが、これはこれで有りえぬことではない。

 むしろ、私の行動が正しかったのだと証明された形であろう。

 

 ……常世の神。こいつらは、何が何でも、止めなければならぬ。

 

「さて、妖怪よ。胴元の居場所を吐いてもらうぞ」

「グッ!?」

 

 私は薙刀に“力”を込めて、大信の脚の断面を突いた。

 ふむ、化け物ではあっても、傷口を抉られれば呻き、しっかりと痛みは感じるらしい。これならば、話は早く終わるだろう。

 

「言え」

「誰……が……神は……」

「言え」

「ぐぁッ……!? こ、この身が、裂……」

「言え」

「ぁあああッ! やめ、やめ……! ぐぅォオオオ! 神よ! 常世の神よ! 何故!? 助けてッ……!」

「いくら貴様らが頑丈であれ、死ぬ時は死ぬぞ? 試してみるか。最初はお前だがな」

「あああああッ! 言う、言います! 何でも、ァアアッ!」

「……ふん」

 

 ……何が神だ。何が助けてだ。

 貴様らの信仰は所詮、我欲によるものでしかない。

 

 ……だからそうして至極簡単に、自らが窮地に陥った時、神ですら売ってしまう。

 

 穢らわしい連中だ。

 話が早いのは、好都合だがね。

 

 

 

 その後、情報の確度を高めるために多少の乱暴は働いたが、連中の漏らした情報は同じだった。

 嘘をついている者はいない。誰もが自らを守るために、全力で神や教祖を売ったのだろう。

 一人くらいは敬虔な者がいても良かろうに。情けない話である。

 

 ……連中は、常世の神に仕える(かんなぎ)であった。

 常世の神の教えを広め、祠を拡散させるための敬虔なる下僕であり、教祖の手先であるとのこと。

 

 彼らは幼虫を崇める集団であるが、それにはやはり、胴元となる人物がいたらしい。

 

 全ての元凶、その名は大生部 多(おおうべのおお)

 あろうことか仮にも朝廷に仕える者の一人が、諸悪の根源であったのだ。

 

 ……拠点は駿河国。

 不尽河の畔に、常世の神を祀る大祭壇があるとのこと。

 (おお)はそこで教祖として多くの覡と共に、常世の虫を崇めているのだという。

 

 彼ら覡の持つ禍々しい不死性は、この多から授けられたものであるそうだ。

 財を投じ、強く祈り、求めた者にだけ与えられる、不老不死の力。

 その力を得る代わりに、彼ら覡は常世の神の、多の手先として大和中を駆け巡っている、と……。

 

「愚かな」

 

 愚かしいことだ。

 そのような醜い姿に、醜い生き様を晒してまで、長く生きたいというのか。

 

 ……いや。これは、私が言えたことではなかったか。

 

 

 

 しかし、これで必要な情報は聞き出せた。

 連中の本拠地は駿河にあり、総大将は大生部 多である。

 私を“害虫”として襲ったのは、全ての覡の長である多の指示である。……何故私なのかは、わからないらしい。

 

 ……ふむ。だが要は、駿河は不尽河へと赴き、多を討てば良いということだ。

 よし。色々と駆け回ったが、ようやく最後の目的が見えてきたぞ。

 

 多よ。

 奇妙な呪術で人の寿命と財産を弄んだ罪は、決して軽くはない。

 必ずやこの私が貴様を見つけ出し、その首を掻っ切ってくれよう。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。