東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 ライオネル・ブラックモア著、十三冊の魔導書。

 十三冊がそれぞれ異なる効果を持ち、異なる力を発揮する。

 共通するのは魔力の存在に気付かせる効果がある事と、本を開くにも、ページを開くにも魔力が必要だということだ。魔力の無い者には、本を開く権利すらも与えられない。逆を言えば、それが読み手へのセイフティになっているということでもある。

 

 「新月の書」、「星界の書」、「生命の書」、「虹色の書」、「数珠の書」の五冊は、魔術に関する知識の伝授に比重を傾けた書物。

 内容は少々過激だが、最期まで読み進められれば、その読者は素晴らしい力に目覚めることだろう。

 

 「歩行の書」、「慧智の書」、「火種の書」、「棍棒の書」、「口伝の書」の五冊は、魔術とは多少異なる、生命としての格を押し上げるような効果を司っている。

 これらは内容も比較的簡単なものばかりで、魔術の五冊よりは読みやすい。ただしそのかわりに読むのに夢中になりすぎて、ページを捲る手が止まらなくなったりするかもしれない。

 

 そして「血の書」、「涙の書」、「骸の書」の三冊は、おそらく私でなければ、読むどころか開くことすら出来ないだろう。

 これらは特別製なので、そもそも他者に読ませるつもりはない。

 むしろ、あまり無理にこじ開けようとすると大変なことになるので、そっとしておいて欲しい三冊だ。

 

 

 

 今回、私が用があるのは「慧智の書」である。

 この本の内容を簡単に説明するならば、読む者に知恵を与える効果がある……と、名前そのままな感じである。

 もちろん読むだけですごく頭が良くなる、なんて都合の良いだけの代物ではないが、跳ね返りを覚悟してでも使う理由が出来てしまった。

 本来は何者かが勝手に拾って、勝手に読むという趣旨で作ったんだけど……それも時と場合という奴だ。

 さっさと回収しに行こう。

 

 本はそれぞれが持つ自動転移の術により、世界のどこかに散らばっている。

 周囲から魔力を取り込んで自己防衛を行う性質上、本は自然と魔力の流れの濃い場所を目指し、そこに定住しようとする。

 転移は自動のため、いつどこで、どこへ転移したのかは作った私にもわからない。

 しかし本の所在を全く調べようがないかといえばそういうわけでもなく、ちゃんと本を回収するための仕掛けは構築済みだ。

 

 本にはそれぞれ“目印”がある。

 私はそれを目安に、魔界から地球へ移動する際の、“着地点”にできるのだ。

 だから、やろうと思えば十何往復するだけで本を全回収できたりもする。本に果てしない旅をさせている割に、帰りはよいよい。

 つまりは、過保護な親の気持ちというやつである。

 仕方ないでしょう。せっかく作ったんだ。壊れてないかどうかを見守りたいじゃない。

 それに、もしも誰かが本を読んでくれているのだとしたら、“それ、どうだった?”って感想も聞いてみたいし。

 

 

 

 あ、ちなみにライオネル・ブラックモアの“ブラックモア”っていうのは、これも新しく決めた名前です。

 名前と同じく、私の好きなアーティストから取りました。

 神綺は“なんだか格好良いです”って言ってくれたけど、実際のところオリジナリティの欠片もありません。

 

 

 

 

「よしよし、回収っと」

 

 一旦魔界に戻り、目当ての本を着地点として扉を潜ると、イチョウの木が生い茂る森の中に、その本は不自然に落ちていた。

 傷ひとつない、作った時のままの綺麗な魔導書。うむ、保護魔法はしっかり機能しているようだ。

 

 それを手にとって、小脇に抱えれば、立派な魔法使いの完成である。

 灰色のローブに、妖しい魔導書に、長い杖。身体がミイラっぽいのが少々残念ではあるが、髭と髪の長さだけが魔法使いの誇りではない。こんなアンデッドちっくな魔法使いも、きっとアリだ。いや、私がアリにして見せる。誰もがミイラ姿を羨むような魔法使いになってやるぞ。

 

「さーて、じゃあ後は恐竜を見つけ……ギャァ!?」

 

 本と杖を持ってポーズを決めていたら、また背後から恐竜にタックルされた。

 痛みはないけどもの凄く驚いた。

 

 

 

「ふははは、手間が省けたわ」

 

 流石に何度も何度もタックルされたり噛み付かれたりされていれば、私だって頭にくる。

 渾身の風魔術“劈く轟音”を目の前で大出力でお見舞いしてやると、小型の恐竜は一瞬で硬直し、気絶して地に横倒れた。

 この魔術を使えば強烈な音によって意識を刈り取れるので、(あまり)殺めることなく生物を捕獲できる。問題があるとすれば、相手の耳が使えなくなったり、周囲から生き物が一斉に逃げたり、気絶してしまうといった所だろうか。あと海の中で使うと更に大変な事になる。

 

「さあて辻斬り恐竜よ。気絶しているところ申し訳ないが、お勉強タイムの始まりだよ……」

 

 私は倒れた恐竜の顔の近くで屈み込み、目が開いたままの恐竜の顔に、“慧智の書”の表紙を見せた。

 

「目が開いているなら問題ないよ。君に字が読めるかどうかも関係ない。“慧智の書”はアノマロカリスでも天才になれるように構成された、私の自慢の教材なんだからね」

 

 そして、本を開く。同時に溢れだしたドス黒い色の魔力の煙が、恐竜の顔にまとわりつく。

 さあ、勉強の始まりだ。

 これでもう、彼は本から逃げられない。

 

 慧智の書。

 それはいわば、強制詰め込み漢字ドリルである。

 魔力を用いて読者を操り、延々と読ませ、延々と頭の中に知識を叩き込む。

 暗記などでは脳に刻むなんて表現がされる事もあるが、私のこれは“脳に流し込む”であろう。

 その上、流し込むといっても湯水などではない。きっとそれは、ドロドロに熱せられた金属だ。

 

 当然、この“慧智の書”は読者に相当の負担を強いる。

 読むだけで脳などに干渉して身体を縛るのだから、実際のところ、効果は呪いのそれと同じと言って差し支えない。

 

 目を見開いたままの恐竜が、血走った目で本を睨み続ける。

 瞳孔は開き、眼球は震え、喉は小さく音を立てていた。

 

 数分後、次のページが開かされる。すると恐竜の身体はビクリと小さく跳ね、痙攣もより強くなっていった。

 それでも目は離れない。離せない。魔導書から目を背けることは許されない。

 

「あっ」

 

 しかしその次のページに移った時点で、本からの魔力の放出が停止した。

 ページを睨み続けていた恐竜が、死んだのである。

 

「うーむ……駄目だったか」

 

 小型の恐竜だったからいけなかったのか。成体だからいけなかったのか。

 それとも種族として受け付けなかったのか。

 

 原因は定かでないが、この恐竜が目を通したページはたったの三つ分。かなり手前の方で頓挫した失敗である事は、間違いない。

 

「もっと別の恐竜でも試してみよう」

 

 やっていることが、少々恐ろしいだろうか。

 でも実際のところ、これはいつもの作業と何ら変わらない。

 

 生物を使って魔術の研究を行う。

 それはテーマこそ異なるものの、私が過ごしてきた二億年以上の日々の延長でしかないのだ。

 

 


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