石塔の上に腰掛ける少女は、メルランと名乗った。
メルランは含みのある微笑みを浮かべたまま、憤るアリスと警戒するルイズを眺めている。
が、不意にその視線が、傍観していた私へと向けられた。
「ねえ…………そこの骸骨魔法使いさんは、私が悪い魔法使いに見えるのかしら?」
嘲笑。そんな言葉が似合うような笑みだった。
あるいは、ああして塔の上から見下されている形だからかもしれないが。
とはいえ、私も馬鹿にされないだけの回答をせねばなるまい。
「さあ、まだ何とも」
「あらら、フォローしてくれない……」
「そう言われても、会ったばかりだからね。私には貴方が何者かなんてわからんよ」
「なるほど? それもそうだわ? あははっ」
メルランのどんなツボを刺激したのかは知らないが、彼女は笑った。
……ふむ。
アリスを見てたのなら、ドラゴンと戦っていた私の魔法も見ていたはずだ。
自分で言うのもあれだけど、そこそこ派手で、珍しい魔法を使ったのだが、その上でこうして骸骨な私と冗談交じりの会話ができる……良い悪いはともかくとして、そんな魔法使いはなかなか居ないように思えるね。
「そうねえ。まあ、あまりひた隠しにしても……そこの骸骨師匠さんには敵いそうもないし? 良いわよ。聞きたいことがあるなら、答えてあげる」
そう言うと、メルランは塔から飛び降り、ふわりとアリスの前に降り立った。
背丈は、アリスの方が高い。見た目の上ではアリスよりもずっと幼い少女のように見える。
「けどそのかわり……私が質問に答える毎に、私からも三人に質問させてほしいわね?」
「貴女……!」
「ああ、構わないよ」
「ちょっと! ライオネルさん! この子がどんな魔法使いか……!」
「良いじゃないか。お互い知らないことだらけなのだし、話が早くて助かる提案だよ」
私が快諾する様子を見せると、アリスはムッとした顔になった。
そして無言でルイズの方に顔を向けるが……ルイズも私と同じなのだろう。首を横に振り、言葉無くアリスを窘めている。
「そうそう。何事も平和が一番よ? 争わないで済むなら、それが最善。ね? わかるでしょ?」
メルランの爽やかな笑みを、アリスは無言で睨むだけだった。
……色々と含むところはあるようだが、ひとまずは穏便に話が進み、良かったと考えておこう。
魔法使いメルラン。彼女が何者であるにせよ、ひとまず話を聞かなくては。
まあ、人殺しをしてようが何をしてようが、大きな事件を起こさない限りには私としてはどうだって構わないのだけども。
メルランを含む私達四人は、湖からは少しだけ離れた場所にある斜塔へと移動した。
沼地に半分沈み込んだような、古い廃塔。ここもまた、どこぞから引っこ抜いてきた砦の一部なのだろう。
「あら、中は綺麗なのね」
しかし、窓から進入してみると、その内部は意外なほど清潔にされており、斜めに傾げた床も魔法によって矯正されていた。
踏み込んだ瞬間に重力の角度が微調整される感覚に、無言で入ってきたアリスは少し驚いたようである。
「こっちこっち」
塔を少し登ると、大きな部屋に出た。
そこには真新しい机や棚があり、綺麗とまでは言えないもののベッドも置かれている。
無数の鉢植えには触媒用らしき植物が細々と育っており、机上に広げられた実験器具は最近まで使った痕跡がある。
一目見ればわかる。ここは紛れもなく、勤勉な魔法使いの部屋だ。
「あっはっは……まさか、この湖に客人が来るだなんてねえ。来客用の椅子を使う日が来ようとは、夢にも思わなかったわ。ああ、どうぞどうぞ、おかけになって」
「ありがと」
「うむ。ありがとう」
「……」
私たちは至って普通な木製のラウンドテーブルに案内され、質素な椅子を勧められた。
最後にアリスがゆっくりと腰を落としたのを見計らって、メルランも円卓につく。
「……さて? まずは……うん。良いでしょう、先に私の話をしてあげる。さっき、そこのツンツンした魔法使いちゃんが言ってたことの答えね」
「つッ……!?」
「あははっ、怒らないでよぉ。ここで何をしていたのか、だっけ。まあ見ての通りよ? こうして塔の一つを間借りして、暮らしているの。ちょっと前からね」
「ふむ」
「確かにそうね。少し肌寒そうだけど、いい部屋だわ」
「うふふっ、ありがと。糸目のおねえさん」
「どういたしまして」
ざっと数百年……いや、そんなに経っていないか。
百年前後か、あるいはもっと短い程度といったところだろう。
それでも日用品の置き場所や掛けられた魔法と呪いを見るに、ここでの暮らしに慣れている……そんな印象を受ける。
「じゃ、次は私からの質問ね。まずそこのツンツンした子供」
「……誰のことかしらね」
「質問はそうね。じゃあ、そこの金髪で子供っぽい貴女? 貴女の名前を教えていただける?」
「……アリス・マーガトロイドよ。子供っぽいは余計」
怒鳴り散らしたりはしないものの、それもまぁ充分子供っぽい答え方な気もするけどね? アリスさんよ。
「あはは、ごめんごめん。じゃあ次にその隣のー……」
「待ちなさいよ。質問は順番でしょう」
次に対面に座るルイズに質問をしようとしたところで、アリスの待ったがかかった。
ふむ、確かにそうだ。質問は順番が筋……いや、あー。そうか、なるほど。
「んー? 私は、“私が質問に答える毎に、私からも三人に質問させてほしい”って言ったはずだけど? アリスも聞いてたでしょ?」
「ぐっ……そんなニュアンスだったかしら……」
「うむ。確かにそう言ったね。まあ良いんじゃない。彼女だって知りたいことは多いだろうし」
「……ライオネルさん。結構メルランの肩を持つわね?」
「アリス、あまり……」
「あははは、喧嘩しない喧嘩しない」
まあ、うむ。メルランの笑い方は確かに、どこか人を小馬鹿にしたような、煙に巻くような雰囲気はある。
私から見ても、悪魔の口八丁に似たものを感じる。そこに言い知れぬ警戒感を覚えるのもわからんでもないことだ。
ただ、私としてはまだ実害がないので気にすることではない。
アリスは不服そうだったが、話が進まないのは困るのだろう。
結局、メルランが言い出した“メルランの私達三人への質問”と“メルランへの一つの質問”で情報交換していくことに決まった。
「……んー、じゃあ続きね。真ん中の優しそうな糸目のお姉さん。貴女の名前を教えていただける?」
「私はルイズ。クステイアから来た旅行者よ」
「旅行。いいわねぇ、私も旅行は好きだよ。ふふ」
「あら、わかってくれる? 気が合うかも」
メルランはニコリと笑い、ルイズもいつもの様に朗らかに笑う。
特に嫌味もない自己紹介のやり取りであった。
「で、次にそこの骸骨の魔法使いさん。あなたの最も有名なフルネームを教えていただけるかしら」
「うん? 面白い聞き方するね。まあ確かに幾つか名前を使ってはいるけども……最も有名なのは間違いなく、ライオネル・ブラックモアだ。偉大なる魔法使い、ライオネル・ブラックモアだ。以後よろしく、メルラン」
「おおー、偉大なる魔法使いときましたか? さすがは骸骨師匠。いえ、ライオネル師匠とお呼びすべきかしら。私も魔法学に励まねばなりませんなぁー」
メルランはくつくつと笑う。
……うむ。メルランか。素直に私を褒めてくれた貴重な一人だな。
彼女のことはよく覚えておくとしよう……。
「次はこっちの番ね。ルイズさん、ライオネルさん。私から訊いても良い?」
「私は構わないよ」
「ライオネルがそう言うなら、アリスに任せるわ」
「ん。ありがとうございます」
ああ、一応勝手に質問したらいけないとは思っているのね。
別に構わないけども。
「じゃあ、メルラン。さっきは砦から私を見ていたようだけど……あの時の貴女の目線、どこか企んでいるような気配を感じたわ。……ライオネルさんが、あの……凄い魔法を使っているのにもかかわらず、どうして私のことを見ていたのか。教えてちょうだい」
「んー……」
アリスが訊くと、メルランは机の上に頬肘をつきながら、にまにまとした笑みを浮かべた。
「秘密」
「ちょっと……!」
「とは言わないけど。むしろそっちが秘密にしたいことかもしれないからなぁー? ……そうねえ。じゃあこう答えるとしましょっか」
メルランの細い指が、アリスの腰辺りを指差した。
そこには、十字帯で縛られた黒い装丁の本……灰色に染まった“未来の生命の書”がある。
「その本が気になって、見ていたの」
「……! そう、じゃあ」
「ああ、連続で質問はだめだめ。次はこっちよ?」
おお、気になるところで切ってくれるね。
その言い方は私としても気になるところだぞ、メルランよ。
「じゃあアリスに質問。貴女は馬と犬ならどっちが好き?」
「は? ……馬。……よ」
「ふーん。まぁ実験で色々使えるものねー。ちなみに私も馬の方が好きかも」
それだけ言って、メルランはアリスから視線を外してしまった。
「じゃあ次ね。ルイズさん、貴女の出身地のクステイアって所に関して、もうちょっと詳しく聞きたいわ? 教えてくださる?」
「え? まぁ……良いけれど。クステイアは魔界にある都市、魔界都市よ。近くに巨大な……湖があって、漁業が盛んなの」
「へぇー。魔界都市、じゃあ魔界の人だったんだぁ。話には訊いてたけど、会ったのは初めてだよ……大きな湖、見てみたいなぁ」
「なかなか良い所よ」
会話を弾ませるメルランとルイズに、アリスはちょっと不機嫌そうだ。
それを横目で見て察したのか、苦笑を浮かべたメルランがいかにも“やれやれ”といった風な顔をして、私のほうに目を向けた。
「……で、次にライオネルさんね。んー、じゃあ、ライオネルさん、訊くけど……」
「うむ」
「さっき、ドラゴンに魔法を使っていたでしょ。その魔法って、“虹色の書”の魔法だとしたら、どこらへんに書いてあるのかしら?」
おっと。これは。
「後学のために、是非とも知りたいなあ」
メルランは口元だけで嘲笑い、目は値踏みするように細め、私の頭蓋骨を観察しているようだった。