東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 “楽しい?”

 

 その唐突な問いかけに、私は咄嗟に回答できなかった。

 

「っ……!」

 

 そして、室内の雰囲気が変わる。

 漂う魔力が形を変え、張り詰めたのだ。

 

 アリスは緊張に喉を鳴らし、ルイズは膝の上で拳を握った。

 しかしメルランから発せられる魔法的威圧は、全て私に向けられたものであった。

 彼女は、アリスやルイズの視線をものともせず、青い瞳はただ私だけを見つめている。

 

「ちなみに、私は楽しいわよ。人を見下すの」

 

 メルランは嗤い、アリスに目をやった。

 

「あははっ。滑稽なものを鑑賞するのは、嫌いじゃないわ。半分、妖魔の血が入っているからかしらね? 人の足掻く様を見るのは、とっても面白い」

 

 “ね?”とアリスに向かって微笑むが、アリスは未だに冷や汗を垂らしたまま動けていない。

 それもそのはずだ。今のアリスは、メルランの支配する魔力に包まれているのだから。魔法的に全く身動きの取れない状況下では、気丈に言い返すこともできないのだろう。

 

「それで、あなたはどうなのよ。ライオネル・ブラックモア。半魔の私と、趣味は合うのかしら?」

「ふむ」

 

 私は右手を軽く掲げ、握り込んだ。

 すると部屋を圧迫していた魔力が静止し、上書きされた全ての支配権を失って霧散する。

 同時にアリスとルイズから、弛緩したようなため息が漏れた。

 

「見下す、か」

 

 確かに、そう見えるのかもしれない。

 いや、事実そうなのだろう。

 

 私は生まれてこの方、私以上に上手く魔法を扱える存在に出会えていないのだ。

 そういった観点で言えば万人を見下すしかないし、仰ぎ見ることなどできるはずもない。

 

 しかし、見下して楽しい……というのは、ふむ。どうだろうか。

 優越感。その気持ちはある。私が最も偉大だという優越感だ。

 自負もある。当然誇りだってある。ライバルが現れようものなら、全力で負かしてやろうという考えだってある。

 

 だが、後進を見下して楽しい……か。

 それは、ううむ。謙虚になりようもないからな……似てはいるのだろう。

 だが、見下して悦に浸る、と言われると、それは違うと言わざるをえないだろう。

 

「楽しくもあるし、嬉しくもある。と表現すべきか」

「へえ?」

 

 私の答えに、メルランは片眉を上げた。

 

「自ら謎を解き明かしてゆく作業は面白い。闇を晴らす。それはいつになっても、素晴らしく有意義な作業だと、私は考えている。差はあれど、この感覚は勤勉らしい万人に共通するものだとも」

 

 未開の地へ歩いてゆく。

 未知を解明し、既知のものとする。

 それは膨大な時間を必要とするものではあるが、真理に辿り着いた時の快感は一入だ。

 

「それ故に、未知なる世界に惹かれて魔道に踏み込んだ人は多いだろう。……私の魔導書によって、そういった探る楽しみを魔法使いから奪っていたとすれば、そうだな。悲しいことをしてしまったと思うよ」

 

 全て解かれたクロスワード。マーカーで印が書かれた間違い探し。

 そういった達成感を私が独り占めしているのは、確かに間違いない。

 

 しかし。

 

「だが、私は魔法を押し進めてきた。魔法を見つけ、魔法を探り、そうして魔法を広めてきたのだ。後進がいつかの私のように励む様は見ていて楽しいし、メルラン。貴女が今、そうして虹色の書を手にしていることを、私は嬉しく思っているよ」

 

 今のこの地球の姿は、私が望み、待ちわびていたもの。

 人が生まれ、言葉を話し、魔法を使い……その歴史を見るのが、楽しく思える。

 

「私はね。淋しくなければ良かったんだよ。楽しいでも、嬉しいでもね」

 

 メルランの言う楽しいとは違うかもしれないが、これが私の本心だ。

 

「ふーん……残念。あなたとは気が合わないみたいね」

「そうかな」

 

 メルランはどこかつまらなように溜息をつくと、剣呑な気配を霧散させた。

 

「けど、これだけは言っておくわ。ライオネル」

「うん?」

「円卓に座ろうと思うなら。円卓を盤石にしようと考えているのなら。一人で猪のように先走らないことね」

「……」

 

 メルランは笑っていた。

 だが、今も目は笑っていない。

 真剣な顔で、私を見つめていたのだ。

 

「あなたの軽はずみな行動は、世界全てに災厄と、根腐れを起こすかもしれない。……気をつけることね?」

「……留意しておくよ。ありがとう」

「いーえ? どういたしまして。ふふふ」

 

 私の軽はずみな行いが、災厄を招くか。

 ……ふむ。まあ、忠告はありがたく頂いておこうか。

 私一人では見えないものもある。そう釘を刺してくれたのは、素直に嬉しいからね。

 

「さて。たくさんお喋りして疲れちゃったわ」

 

 メルランが立ち上がり、小脇に虹色の書を抱えた。

 もうやることは済んだとばかりの様子である。

 

「ちょっと、メルラン。待ちなさいよ」

 

 しかしアリスはそんな態度が不満だったらしい。

 

「んー? なあに、アリス」

「メルラン。貴女……私やルイズさんやライオネルさんに、失礼だと思わないの」

「あは? 失礼ねえ。別に? 思わないけど」

「……貴女、嫌な人だわ」

「あはは、私は人からどう思われようと、別に構わないわよ」

「開き直って……!」

 

 けらけらと笑うメルランに、アリスはやはりご立腹らしい。

 ある程度和解したとしても、この二人はきっと、反りが合わない者同士なのだろう。

 

「逆にねぇ。私は貴女みたいな“良い子ちゃん”が嫌いなの。好き勝手暴れる兇賊なんかよりも、ずっと」

「は、何を……ぐっ……!」

 

 風の魔力が形を成して、アリスの身体を取り巻いた。

 身体を握り込むような大きな風の手が、アリスの抵抗を許さない。

 

「まぁー見てて楽しくはあるけどね?」

「そこまでよ、メルランさん」

 

 ルイズが指を鳴らし、風を掻き消す。

 メルランの魔法を妨害したのだろう。一瞬の技術ではあったが効果ははっきりと現れ、アリスの身体に自由が戻った。

 

「人に魔法を使うのは、それだけで何をやり返されても文句は言えないわ。まして、今のは暴力。次は許さないわよ。これは脅しじゃないから」

「おお、怖い。あはは、怒られちゃった。ごめんなさい」

 

 メルランは笑いながら謝った。

 もちろん、そこに気持ちなどは篭っていないのだろう。

 

「良かったね、アリス。いつでも強い人が貴女を守ってくれて」

「……貴女」

「これからも、誰かが守ってくれる日々がずっと続くと良いわね?」

「……!」

 

 アリスは目を見開き、絶句した。

 

「んーそれじゃ、私は別の砦で作業にかかるから。ライオネルさん、ルイズさん。湖の魔力は好きに使っちゃって良いわよ」

「ふむ、わかった。であれば、早速作業に移らせて貰うとしよう。ドラゴンが帰ってきたら面倒だしね」

 

 本音を言えばメルランの研究や作業をちょっと覗いてみたいのだが、きっと彼女はそれを許さないだろう。

 許したとしても、良い顔はしないはずだ。これまでの話で、なんとなくそれだけはわかる。

 

「それじゃ、お三方。さようならー」

 

 結局、メルランは厭味ったらしい言葉をぶつけるだけぶつけ、去っていったのだった。

 物腰は暴力的ではないが、精神性はかなり魔族に近かったように思う。

 地上にも、ああいう魔法使いはいるんだな。

 

「さて。話は終わったし、私たちは湖へと向かおうか」

 

 メルランは去った。

 しかし私達が湖に到着するまでの間、アリスとルイズはどこか暗い雰囲気を抱えたまま、口数も少なかった。

 色々言われた言葉の中に、考え込んでしまうようなものがあったのかもしれない。

 私としては、そう真剣に悩む必要もないと思うのだが。

 

 


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