東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔界との門は問題なく作成できた。

 とはいえ、まだこの時点では扉の向こう側を設定していないため、完成したわけではない。

 これから魔界の方でも同じような水底に設置するタイプの門を作成し、接続する必要があるのだ。

 

 イギリスと魔界を繋ぐゲート。

 ふむふむ。楽しみだ。魔界の方では、どこらへんにゲートを設置したものかな?

 同じ水深の水辺が必要になるが、地球上とは違って魔界の方では簡単に創ることも可能なので、私好み……いや、魔法使い好みの門が用意できるだろう。

 

 作業が終わり、追い払っていたドラゴンが戻ってきたので、私たちは帰ることにした。

 その際、メルランにちょっとした挨拶をと思ったのだが、彼女はあまり私に良い印象を持っていなかったようだし、アリスとルイズもどこかギスギスしているようだったので、やめておいた。

 私だけがフレンドリーになったところで空回りするだけだろう。

 悲しいことではあるが、まぁそれも仕方ないことだ。

 

 とはいえ、メルラン。

 彼女はなかなか優秀な魔法使いであるようなので、今後また偶然に出会うこともあるだろう。

 水底の門を最初にくぐるのが彼女かもしれない。案外、メルランとの再会は魔界で……なんてことになるかもしれないな。

 

「楽しみだ」

 

 未来に向けたいくつかの楽しみを得て、私のイギリス旅行は終わったのであった。

 

 

 

「それじゃあ、ライオネルはこのまま魔界に戻るのね?」

「うむ。魔界の方でもやらなければならない作業があるから。二人とは、またしばらくお別れになるだろう」

 

 人のいない、寒々しく静かな海岸にて、私達三人はのんびりと釣りをしていた。

 今回の旅行で私の主目的は果たされたので、あとはもう適当にぶらぶらしてから、お別れしましょうという流れになったのだ。

 今は最後の思い出づくりと言うべきか、軽く現地の海産を味わってからにしようというルイズの提案に乗り、寒い中釣り大会を行っている。

 二人とも寒そうな格好ではあるが、魔法的な炎がすぐ足元にあるため、なかなか快適そうである。

 

「ライオネルさんは、いつも魔界にいるの?」

「うん? んー、私か。私は、どうだろう」

 

 不意にアリスから質問されて、私はぼんやりと空を見上げた。

 確かに私は魔界にいることは多いが……いやしかし、どうだろう。

 

「最近は地上で暮らしていることも多いかな? 二人が魔力流を見つけていた時には、日本……あー、大和という国にいたからね」

「へー。それってどんな国なの?」

「四季のある島国でね。そこまで広くはないけれど、豊かな国だよ」

「あら素敵。いつか行ってみたいわね」

 

 まぁ、これは私の偏見というか愛着と言うか、贔屓目も多分に含まれている評価だ。

 実際に来てみてルイズたちが楽しめるかどうかは、わからんね。

 江戸時代くらいになれば多分、なかなか楽しめるんだろうけども。今はまだ大陸の影響を受けている最中の、幼く原始的な国の卵に過ぎないのだ。

 

「お、かかったみたいだ」

「ええ、また?」

 

 なんて話をしていると、私の釣り竿に重い感触が乗ってきた。

 三人で釣りをはじめてから四回目のヒットである。

 他の二人は魔力で作った糸と針だけで釣りをしているが、私は適当な枝を竿にしている。糸だけでも不可能ではないのだが、やはり竿もなければ気分が乗らないのだ。

 そんな先入観に魚が共感してくれたのかは知らないが、かかるかかる。

 

「それにまあなんたって、私は釣りに関してはちょっとうるさいからね……おお、なかなか重い」

「魔法にだってうるさいわよね……」

「そりゃもちろん……ほいっと!」

 

 完全に食いついたであろう魚を、魔力糸を一気に巻き取ることで勢い良く水揚げする。

 そして大きな飛沫とともに、かかった獲物が姿を現した。

 

 扁平で大きな身体。そして鞭のように長い尾……。

 

「エイ」

「四匹目ね。おめでとう……?」

「エイしか釣れてないわね、ライオネルさん……食べれなくはないわよ」

「ぐおお」

 

 釣れることは釣れるのだ。

 しかしいかんせん、どうしてだか知らんけども、私が釣りをするとやたらと古臭い奴らがかかるんだよなぁ。

 

「まぁ、エイも食べられるんだけどさ……」

「せっかく食べるなら、もっと美味しいのを釣りましょうか。嫌いではないけど、お別れくらいごちそうにしたいものね」

「私とルイズさんで頑張らないと……」

 

 結局、この日は日が暮れるまで釣りを行い、どうにかしてアリスが大きめの白身魚を釣ってくれた。

 ルイズは小物ばかりで、私はエイとサメばかりであった。

 総重量では圧勝したものの、今回はアリスがMVPであると言わざるをえないだろう。

 ……まぁ、今回の食事はどうも私とのお別れ会のようなものらしいので、ありがたくごちそうになるとしよう。

 

 

 

 夜。海岸から少しだけ離れた川沿いの平地で、私たちは各々の魚を頬張っていた。

 湖にたどり着くまでも何度か露営はしたけれども、こうして陽がある時から食事の支度を行って臨んだ夕食というのは初めてかもしれない。

 食事が不要というのは便利だが、趣味として趣向を凝らした食事をするというのも、なかなか良いものである。

 白身魚の塩焼き、エイの煮物、野草と貝のスープ。

 エイの刺し身が二人に遠慮されるというアクシデントこそあったが、概ね食事会は平穏に過ぎ、久々にのほほんとした空気を堪能できた。

 

 ……のだが。

 どうも食べたり話している最中、アリスの顔色がすぐれないというか、元気がないように見える。

 それは隣のルイズも察しているようで、どこか不安そうであった。

 

「……ねえアリス、どうしたの? どこか具合悪い?」

「え? あ……はい……」

 

 機嫌が悪そうというわけではないのだが、アリスはどこか遠慮がちな雰囲気である。

 

「どうしたんだい。何か考え事かな」

「……はい。そうですね、考え事してました」

「大丈夫?」

「はい。ちょっと悩んでる最中なので……あ、今は大丈夫です。心配かけてごめんなさい」

 

 アリスは私達の態度に気付くと、心配させまいと慌てているようだった。

 

「アリス、本当に平気?」

「本当に平気です。ありがとう、ルイズさん」

「そう? なら良かったわ」

 

 上の空で考え事をしていたのかもしれない。なにもないようなら、それはそれで安心だ。

 

 ……が。

 私の無駄に長い人生経験は、なんとなくではあるけども、アリスが“何か”を伝えたがっているように感じた。

 

「アリス。私は一度魔界に戻って、しばらく会えなくなると思うから。だから何か私に言うことがあれば、今この時にしておいたほうが良いよ」

「!」

 

 私が言うと、アリスはやはり何かあったのだろう。少し驚いたように、目を見開いていた。

 

「急かしたいわけではないが、実際のところ私はここに長く留まりはしないからね」

 

 アリスに不満があるようには見えない。

 私に文句をぶちまけようというわけではないのだろう。それはなんとなく理解できる。

 しかし彼女は、それとは別に私に何かを伝えたいように見えたのだ。

 

「アリス?」

「……わかりました。ライオネルさん、ありがとうございます」

 

 アリスは軽くわざとらしい咳払いをして、浅めの深呼吸で心を入れ替えてから、言った。

 

「……ライオネルさん。ルイズさん。私……あの。これから、一人で暮らしてみようと……思います」

 

 


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