夕暮れになれば、総勢五十体の土製ゴーレム、ロードエメスの軍勢が私の周囲に待機することとなった。
彼らは小型の恐竜程度であれば自動的に迎撃してくれるので、屍肉を漁りにやってきた連中などは近づくこともできない。環境魔力の弱い昼間であっても、パンチ一発や蹴り一発であれば問題なく稼働するのだ。
彼らが守ってくれる昼間のうちに、空中に魔光を飛ばして設計図を描く。
忘却を知らない私の脳内で組み上げるのも良いのだが、考える頭はひとつだけ。図面に書き起こすのと書き起こさないのとでは、全体的な作業効率に差が出てしまう。
同時に、設計図を書くと共に、ゴーレムに作業の指示を送り、蓄積させなくてはならない。
彼らは自動で動いてくれるが、指揮は私。ひとつの目的を達成させるためには、それぞれが競合しないように働かせる必要がある。
誰かの上に立った経験がほとんど無い私には、従順なゴーレムが相手でも、命令を出すというのは難しい。これがそれぞれ物を考える人間だったらと思うと、やっぱり私は、こういうことには向いてなさそうだ。
そうこうしているうちに、夜が降りて来た。
従順な土の巨人、ロードエメスたちは目を赤く輝かせ、直立姿勢を解き、一斉に骨の塚に向かって歩き始める。
「さあ、頑張って立派な砦を築こうか」
目指すは、地上三百メートル以上の骨の巨塔。
地球が凍るほどの豪雪や地層を形成するほどの堆積物に埋まらず、マグニチュード十以上の地震に耐え、ティラノサウルスの群れの突進を跳ね除けるような、不滅の塔を築いてやるのだ。
眼光を輝かせるゴーレムの歩兵が、大小様々な骨を担いで帰ってくる。
聞こえるのは、足元の小さな骨や貝を踏みつぶす甲高い破壊音と、亡骸を運び続けるさざ波だけ。
史上、誰も目にしたことのない、幻の大建築。
満月の今日、伝説の幕開けとなる工事が、静かに始まった。
「ふむ……大型の方がいくらかは耐えるみたいだけど、やっぱり“慧智の書”では難しいか……」
私はこの大陸で最も大型となる恐竜の亡骸を前にして、頭を掻いた。
「知能から先に、と思ったけれど……うーん」
“慧智の書”による恐竜の知能上昇は細々と続けていたが、どうにも結果が表れない。
全種族、あらゆる年齢、ページ数、色々と方法を変えて試してはみるが、1ページでも読ませれば衰弱や挙動の変化が生じ、短命となるのは変わらない。
少しだけ読ませて次世代へ、という気長な実験も行ってはみたものの、強引に根付かせた知能は受け継がれるものではないらしく、そちらもいい結果を実らせることはなかった。
「やっぱり先に、形だけでも作っておくべきなのだろうか」
出るわけでもないため息をついて、私は天高く登った太陽のすぐ近く伸びる、巨大な塔を見上げた。
高度七百メートル。
恐竜の骨によって作られた巨大な塔は、当初の予定よりも遥かに高く、立派になってしまった。
塔の真下に戻った私は、半球状の底部に歩み寄り、塔に触れる。
通常、タワーというものは根本ほど太く、頑丈でなければならないが、私の建築したこれは丁度ボールペンのような造りになっており、接地面はかなり少ない。
それでも塔としての完璧な直立を完成から一万年過ぎた今でも保ち続けているのは、間違いなく私のかけた魔術による影響だろう。
“大いなる力の均衡”。かつて開発した“均衡”の魔術の上位であり、物質や生物に固着し、取り込む魔力によって効果を発揮し続ける強力な呪いだ。
この術の影響を受けたものは、その場から動かなくなる。もとい、動き辛くなる。
土の上に立てた棒であればその姿勢を常に維持し続け、卵はコロンブスも拍手喝采で賞賛するほど立派に立ったまま静止し、ボロ屋にかければあらゆる風雨によっても吹き飛ばなくなる。
“均衡”とは違って上下、重力の影響を受けてしまうという欠点はあるが、今回の塔は水の中から浮上するなどという秘密基地じみたギミックを搭載していないので大丈夫。
何より重要なのは、塔が倒れないということだ。風も地震も、この術をかけた骨の塔を前にしては、何の問題にもならない。
塔の表面に施された魔力の収集機構が、常に膨大な力を内部に供給し各種呪いを発動させ続けるので、気がついたらぱったり、ということもないだろう。
「ただいまー」
塔に触れた瞬間、私は魔力によって内部へ転送され、広間に現れた。
骨の組み合わせによって彩られた内装は、まだ誰にも見せていない。しかし磨き続けた私のセンスで見れば、納得のいく出来ではあると思う。
骨が怖いなんて言う奴は論外です。そもそも私とお友達になれません。
「“浮遊”」
だいたい東京ドーム一個分の広さはあろう広場の中央に立ち、呪文を唱える。
すると身体が浮き上がり、エレベーターの数倍の速さで塔を登ってゆく。
塔は、全てが骨で出来ている。どこを見ても頑丈だから、わざわざ中央に柱を作る必要は無い……のだが、外骨格だけというのも、逆に寂しい。
なので大量の小骨を砕いて溶かしたもので七本の大黒柱を造り、それで中央の“浮遊空間”を囲むように、頂上までまっすぐ建てている。
急速な上昇に寄って骨の塔の全景が瞬く間に過ぎ去り、そして数秒もしないうちに、頂上へと出た。
最も天に近く、もっとも月の影響を受けやすい塔の頂上。ここが私の現ラボだ。
「さて……ドラゴンの制作、急がないと」
骨製の巨大プレートの上には、冷凍保存されたいくつかの肉塊が転がり、隣では水瓶ほどもある大きな“骨壷”が、中身の液体をごぼごぼと合わせ立て、沸騰させている。
研究は続けられる。
何千年も、何万年も。