東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私は蓬莱山の姫、輝夜。

 

 姿を見せれば月の都の誰もが見惚れ、言葉を囁やけば誰もが口を噤んで耳を傾ける。

 それはそれは美しく尊い、穢れなき永遠の姫なのである。

 

 と、そんな高貴な御身分だったのだけれども。

 

 ついうっかりエイリンの作ったお薬を飲んでしまったせいで、極刑を受ける事となってしまったのである。

 

 

 

「なんということを」

「ごめんなさい」

「わかっていたくせに」

 

 私とエイリンの二人しかない医療品保管室。

 苦くも辛くもない薬を飲み干した後、それから数分もせずにエイリンはやってきて、こうして説教をしている。

 

 いや、説教なんてものではないわね。

 今のエイリンは、とても感情的に……私を非難しているかのような目で見つめている。

 彼女がこれほど心を荒立てて怒るのなんて、何年ぶりになるのかしら。

 

「……いえ、私のミスですね。私が貴女に、試薬を渡してしまったから……」

「ごめんなさいね、エイリン。薬への永遠性の付与の仕方を忘れてしまっただなんて嘘をついて」

「……まさか、その場で完成させてしまうなんて」

 

 エイリンは疲れたように近くのチェアに腰を落とし、手で顔を覆った。

 

「……わかっていたでしょう? 輝夜。どうしてなのです? 蓬莱の薬を飲んだ者は、地上へと追放される。新たに施行された、この法。貴女は、知っていたはずよ……?」

「ええ、そうね。エイリンは何も教えてはくれなかったけれど、興味はあったから調べていたの。法を通すのに、随分と苦労をしたのでしょう?」

「……文字通り、千年をかけてね」

 

 憔悴している。呆れている。

 けれど何よりも、彼女は私に対して怒っていた。

 ……ふざけてないでちゃんと説明しないと、こじれちゃいそうね。

 

「……エイリンは、その法を利用して地上へ行くつもりだったのでしょう」

「ええ、その通りです。……蓬莱の薬は、飲んだ者に不老不死の力を与える。けれど、その身は地上の者と同じように、穢れを生み出すように変容する。薬を飲んだ者を追放し、穢れを遠ざける……月の賢者である私が半永久的に地上へ堕ちるには、これしかなかったのに」

 

 練りに練った計画だったのだと思う。

 賢者であるエイリンが考えに考えて、その末に弾き出した答えだったのだと思う。

 

 けど私は、エイリンが企てていたその計画に一足早く気付き、先取りしてしまった。

 

 計算違いも出てくるだろう。計画の修正が必要になるだろう。

 私が多大な迷惑をかけてしまったのは、間違いない。

 

 それでも。

 

「私もね、エイリン。地上に降りてみたくなったのよ」

「……そんな」

「月も楽しいけどね。便利で快適で、綺麗な景色を沢山見れる。素晴らしい場所だと思っているわ」

「なら」

「だけどここには、きっと永遠なんてものは無いのよ」

 

 私の言葉に、エイリンは顔を上げた。

 理知的な青い瞳が、探るような視線を絡めてくる。

 

「月の民は皆、信じて疑っていないみたいだけど。私はこの止まったような世界がずっと続いていくとは、思えないの」

「……それは、“あの者”のこともあってですか」

「いいえ、それでなくとも。きっと、この都は……そう、長くはない」

 

 永遠の姫。だなんて。

 そう呼ばれている私がこんな不吉なことを言うのも、悪いことだけど。

 それでも胸の内に燻る僅かな予感が、ささやき続けるのだ。この月の世界に、ずっと続いていくような未来は無いのだと。

 

「それに、エイリン。貴女のいない都は、ひどく退屈そうだわ」

「……また、もう。姫様、そのように勝手な……」

「だから、私は置いてきぼりにされる前に、地上で楽しくやらせてもらいますので」

「……わがままなんだから」

「あはっ、エイリンがぼやいた。珍しい」

 

 最近は思い詰めたような表情をしてばかりだったけど、それよりはこんな脱力した顔の方が、ずっと良いと思う。

 やっぱり飲んで良かったわ。蓬莱の薬。

 

「だから、エイリン。私が地上に行った後は、貴女もちゃんと迎えに来なさいよ」

「……はあ、もう。その方策を考え直すのは、私なのですね?」

「もちろん!」

 

 そんなの当たり前じゃないの!

 

「だって貴女は、私の家来なのだから」

 

 そう、エイリンはいつだって私のわがままをきいてくれる。

 私を楽しませ、私に知恵を授け、時には力となってくれる。

 

 そんな家来を手放すなんて、冗談じゃないわ。

 

「……ならば、全力で」

 

 エイリンは困ったような笑みを浮かべ、呟いた。

 

「全力をかけて、輝夜。必ず貴女を“月に連れ戻すべく”迎えに上がりますわ」

「ええ、そうして頂戴。ただし不幸な事故か何かで、“貴女も帰れなくなるかもしれない”けどね?」

「まあ、それは大変」

 

 不老不死の薬。

 許されることのない大罪。

 

 飲み下したのはあまりにも重い宿命と汚名だったというのに、それを背負った私の心持ちは、いつになく晴れやかだった。

 

 


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