私は蓬莱山の姫、輝夜。
姿を見せれば月の都の誰もが見惚れ、言葉を囁やけば誰もが口を噤んで耳を傾ける。
それはそれは美しく尊い、穢れなき永遠の姫なのである。
と、そんな高貴な御身分だったのだけれども。
ついうっかりエイリンの作ったお薬を飲んでしまったせいで、極刑を受ける事となってしまったのである。
「なんということを」
「ごめんなさい」
「わかっていたくせに」
私とエイリンの二人しかない医療品保管室。
苦くも辛くもない薬を飲み干した後、それから数分もせずにエイリンはやってきて、こうして説教をしている。
いや、説教なんてものではないわね。
今のエイリンは、とても感情的に……私を非難しているかのような目で見つめている。
彼女がこれほど心を荒立てて怒るのなんて、何年ぶりになるのかしら。
「……いえ、私のミスですね。私が貴女に、試薬を渡してしまったから……」
「ごめんなさいね、エイリン。薬への永遠性の付与の仕方を忘れてしまっただなんて嘘をついて」
「……まさか、その場で完成させてしまうなんて」
エイリンは疲れたように近くのチェアに腰を落とし、手で顔を覆った。
「……わかっていたでしょう? 輝夜。どうしてなのです? 蓬莱の薬を飲んだ者は、地上へと追放される。新たに施行された、この法。貴女は、知っていたはずよ……?」
「ええ、そうね。エイリンは何も教えてはくれなかったけれど、興味はあったから調べていたの。法を通すのに、随分と苦労をしたのでしょう?」
「……文字通り、千年をかけてね」
憔悴している。呆れている。
けれど何よりも、彼女は私に対して怒っていた。
……ふざけてないでちゃんと説明しないと、こじれちゃいそうね。
「……エイリンは、その法を利用して地上へ行くつもりだったのでしょう」
「ええ、その通りです。……蓬莱の薬は、飲んだ者に不老不死の力を与える。けれど、その身は地上の者と同じように、穢れを生み出すように変容する。薬を飲んだ者を追放し、穢れを遠ざける……月の賢者である私が半永久的に地上へ堕ちるには、これしかなかったのに」
練りに練った計画だったのだと思う。
賢者であるエイリンが考えに考えて、その末に弾き出した答えだったのだと思う。
けど私は、エイリンが企てていたその計画に一足早く気付き、先取りしてしまった。
計算違いも出てくるだろう。計画の修正が必要になるだろう。
私が多大な迷惑をかけてしまったのは、間違いない。
それでも。
「私もね、エイリン。地上に降りてみたくなったのよ」
「……そんな」
「月も楽しいけどね。便利で快適で、綺麗な景色を沢山見れる。素晴らしい場所だと思っているわ」
「なら」
「だけどここには、きっと永遠なんてものは無いのよ」
私の言葉に、エイリンは顔を上げた。
理知的な青い瞳が、探るような視線を絡めてくる。
「月の民は皆、信じて疑っていないみたいだけど。私はこの止まったような世界がずっと続いていくとは、思えないの」
「……それは、“あの者”のこともあってですか」
「いいえ、それでなくとも。きっと、この都は……そう、長くはない」
永遠の姫。だなんて。
そう呼ばれている私がこんな不吉なことを言うのも、悪いことだけど。
それでも胸の内に燻る僅かな予感が、ささやき続けるのだ。この月の世界に、ずっと続いていくような未来は無いのだと。
「それに、エイリン。貴女のいない都は、ひどく退屈そうだわ」
「……また、もう。姫様、そのように勝手な……」
「だから、私は置いてきぼりにされる前に、地上で楽しくやらせてもらいますので」
「……わがままなんだから」
「あはっ、エイリンがぼやいた。珍しい」
最近は思い詰めたような表情をしてばかりだったけど、それよりはこんな脱力した顔の方が、ずっと良いと思う。
やっぱり飲んで良かったわ。蓬莱の薬。
「だから、エイリン。私が地上に行った後は、貴女もちゃんと迎えに来なさいよ」
「……はあ、もう。その方策を考え直すのは、私なのですね?」
「もちろん!」
そんなの当たり前じゃないの!
「だって貴女は、私の家来なのだから」
そう、エイリンはいつだって私のわがままをきいてくれる。
私を楽しませ、私に知恵を授け、時には力となってくれる。
そんな家来を手放すなんて、冗談じゃないわ。
「……ならば、全力で」
エイリンは困ったような笑みを浮かべ、呟いた。
「全力をかけて、輝夜。必ず貴女を“月に連れ戻すべく”迎えに上がりますわ」
「ええ、そうして頂戴。ただし不幸な事故か何かで、“貴女も帰れなくなるかもしれない”けどね?」
「まあ、それは大変」
不老不死の薬。
許されることのない大罪。
飲み下したのはあまりにも重い宿命と汚名だったというのに、それを背負った私の心持ちは、いつになく晴れやかだった。