陰陽道とやらが盛んだ。
私が居ない間になんということだろう、とも思ったのだが、どうも私が山ごもりしている間も精力的に研究されていたらしい。
日本は今現在、陰陽寮という魔法研究・実行機関を設けており、国策としての魔法利用が始まっている。
国策による魔法、というのは特別珍しいことでもない。
かの共和制ローマでもエレンのような魔法使いは活躍していたし、エジプトやブリテンでも同様の共同体は散見された。
実際、身の回りに得体の知れない妖魔がいて、珍妙な術などを使って襲い掛かってくるのだ。
この時代の人々に“魔法なんて存在しない”というような先入観は無いため、あとは研鑽してゆくばかりなのだろう。
「ふむ……方角、暦……やはり天体関連が多いか。気象観測のデータがこまめに記録されているのも興味深い。属性関連の抜けと誤解はあるけど……まぁ、初期研究ならこんなもんか」
私は今、その陰陽寮が管理している記録保管室にいる。
日本の魔法研究家が未だ貴重であろう紙媒体に書き留めた様々な記録を読み、ふむふむなるほどと唸っているわけだ。
許可? もちろん得ていないです。
無断で入って無断で読んでます。
「む? そこにいるのは……誰だ?」
なんて心のなかで舌を出していたのがバレたのか、閑静な資料庫に管理官らしき人物が入ってきた。
当然、私の身分などこの日本には存在しない。
山を降りたばかりで格好もただの不審者であるからして、このままでは誤魔化せはしないだろう。
――なので、この男には悪いが魔法の餌食となってもらう。
「“散漫”」
「むっ? んん……?」
私の指から発せられた光弾が、男の頭にバシッと直撃した。
男は一瞬驚いた後、どこかふらついた様子で辺りを見回している。
「やあ、どうしたんだい。何しにここへ?」
私は髑髏の顔を向けたまま、気さくに声をかけた。
「ん……? いや……なんだ、何しに……必要な資料を取りに来てだな……二月前の降水情報を……」
「おお、それならこっちに置いてあったはずだ。……あったあった、はい、どうぞ」
「む。ああこれだ。ありがとう、助かるよ……」
「気にしなくてもいいよ。何もね」
男はどこかぼんやりした表情のまま、資料室から出ていった。
「さて、続きを読もう」
まだまだ仙術寄りで雑味の多い日本の魔法体系ではあるが、こうしてちょっぴり星魔法の触りが伺えると、なかなか読んでいて楽しいものである。
しばらくはここで、彼らの技術の結晶をカンニングさせてもらうことにしよう。
ここでの事前知識は、私が魔法を啓蒙する上で何らかの助けになるかもしれないからね。
読み進めてわかったことがある。
日本の魔法研究は、農業と密接に関わっているようだ。
中でも治水、暦に関しては意欲的で、とにかく正確かつ膨大なデータを集積しようという、統計への取り組みが多かった。
そこで判明した日常の姿を時折発生する現象に結びつけ、未知を外側から解明していこうという動きである。
これは妖怪の発生原因の推定や弱点の発見に一役買っているらしく、なかなか馬鹿にできたものではない。
未知の現象や生物を研究するような部署らしきものも小さくはあるものの存在しており、私の興味を誘ってくれた。
が、まぁそこは、未熟……というよりは、あまりそちらの方は精力的ではないようなのだが。
現在は魔法、というよりは霊力? とやらを扱える者たちを集め、陰陽の実働部隊として妖怪討伐に当たることで、部署の成果としている風に見える。
おそらく霊力とは、仙術に近いものであろう。仙人ほど人間やめてない人間の内的魔力を用いた魔法であると思われる。
まぁそんな魔法でもいいのだが……魔法の成り立ちそのものは薄々気づいているようなところもあるのに、それを実働や育成の方に活かせていないのは、ちょっと残念であった。
「机上のデータでは、この程度かな」
結論。国が推し進める陰陽道は、未だ発展途上である。
見た限り、国策としての魔法研究よりも、より魔法の探求に近いのは在野の修験者達の方であろう。
国が有能な“退治屋”をちょくちょく雇い入れている痕跡もある。まだ個人の力が物を言う、黎明期の分野というわけだ。
「よし、なら国の方はこれくらいにして、やはり民の方へ働きかけることにしよう」
あわよくば陰陽師の門? か何かを叩いて内側からブームの火付け役になろうかとも思ったのだが、外の方が都合が良いのであれば、わざわざ役人になる必要もないだろう。
「“整頓”」
私は読み散らかした本を魔法で元の位置に戻し、颯爽と資料室を出たのであった。