町に紛れるように暮らして、一年ほどが経った。
仕事は極めて順調である。
興味のない井戸端会議に耳を傾けたわけではないが、私は町でも有数の職人として知られているらしい。
国からの仕事もあれば、ちょっとした鍛冶師からの頼みもあるし、農具の修理だって請け負っている。
意図的に仕事を遅くしているので便利屋として扱われているわけではないが、それでもそこそこの稼ぎは出しているし、信用も得たと思う。
なので、既にマジックアイテムを売り出す土壌は整った……と思っているのだが、そちらの方はあまり上手く運んでいない。
というのも、この時代というか国の風習なのか、扱う物によっては異端扱いのようなものをされてしまうらしく、あまり下手な品物を売ると信用が即失墜してしまうかもしれないのだ。
なんてことはない、よくある形のマジックアイテムでも、形によっては所持しているだけでやれ鬼だの天狗だの難癖つけられ、追放されてしまうのである。
信じられないことかもしれないが、悲しい事実だ。
実際、私はそれで町を追われた退治屋を何人も見ているのだから。
これは人々の不理解と先入観が招く、不幸なすれ違いである。……と、言えば聞こえはいいのだが、追い出される方としてはたまったものではない。
私の見る限り追放される彼らは誰もがそこそこ良い腕前を持っているようだし、扱う技術は一部迷信じみたものこそあれど、基本的に正しいものだ。
おそらく、最も広まっている陰陽道だか陰陽術の形から大きく外れているものが忌避されているのだろう。
これはある意味で、首都には伝統的な魔法が根付き始めているということでもあるのだが……迫害される別系統の魔法を思うと、それはそれでとても悲しいものである。
まぁ、まだまだ魔法文化も入り口を過ぎたばかりだ。私が口出ししてどうにかなるものではないので、仕方がないのだが……。
追いやられた退治屋達も、どこかで技術を磨き続けていってほしいものだ。
今の私にできる事といえば、稼いだ金で退治屋関係の金回りを良くしてやることくらいだろう。
あまり手出しをしすぎても、独自の発展を崩してしまいかねない。それは非常にもったいないことだ。
故に私は、ゆっくりと形を変える魔法文化を、ただ静観し続ける。
いずれ人が、魔法の極意の一端を垣間見て打ち震えるであろう、その日まで。
「石逗殿! 人形用にな、このくらいの小さな笏を細工で作って欲しいのだが!」
なんて格好つけたは良いのだが。
「なあ、石逗殿。髪飾りなどはやっているか? 子供用でいいのだが」
近頃の私というと、ほとんど魔法に関われない日々が続いていたりする。
「古い宝石だが、磨き直しはできるだろう? 数は多いが、これらを全て、やってもらいたいのだ」
というか、客が多い。
「打ち金を頼みたい。あ、しかし手元は彫り物をな、そしてできれば優美な……」
多すぎる。
「石逗殿! ちょいとまた贈り物で……」
「今日はもう店じまいッ!」
「うおおっ!?」
二ヶ月ほど舞い込み続けてきた注文の嵐に、ついに私は堪忍袋の緒を噛み切ったのだった。
店の入り口に“暫し休業”と張り出して、私はつかの間の休息を得た。
注文されること自体は別にいい。だが、無駄に急かしたりする客の多さにうんざりしたのである。
金を積むからとか言われても、こちらとしては知ったことではない。
もちろんできなくはないとも。しかし、やればできることを知られて便利な奴扱いされてはたまったものではないのだ。
その上この都の有力者らしき連中は、職人を大層見下している。地位が上だって理屈や感情はもちろんわかるが、その感覚に当てはめられることが私としてはどうも嫌なのである。
……人間だった頃は、そうでもなかったのだが。
与えられた仕事を淡々とこなし、回されたものは回されたなりに回していた……。
……いや? けどそうでもないな。あの会社はそんなにブラックじゃなかったし。
うむ。私が今憤っているのは、現状がそれと比べると納得のいかないものだったからなのだろう。
嫌な客に群がられるのは、そりゃまあ嫌だよねって話である。
なんだ。結局今でも私は、客商売が苦手なだけなんだな。