東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 魔力の整った環境、尽きることのない材料。

 そんな最大限恵まれた状態であっても、研究は困難を極めている。

 

 まず、遺伝子であるとか、そういった根本的な生物的部分をどうこうするのは難しいという結論に至る。

 親から子に受け継がれるドラゴンの遺伝子。確かにそんなものができれば素晴らしいとは思う。だが、現実には翼を生やすことすらできやしない。

 

 実際、現実に背中に翼があり、更に腕を持っているという頓珍漢な生物自体が存在しないというのが、何よりも大きな問題だ。

 翼を持つ生物というのは、ことごとくが“手”が変形、そのうちのいくつかの指の骨が伸びたものによって成り立っている。

 元々持っている腕に、更に翼まで加えるとなれば、それは腕が二本余分に無くてはならない事になる。腕の数が増えるということは、生物的に非常に大きな違いだ。

 遺伝子から弄っていたのでは、きっとかなりの時間が取られることは間違いない。私一人では、とてもではないが間に合わないし、総当りにしたって現実的じゃない。

 

 ならば、代替わりのしない、それ一代限りのドラゴン。恐竜からドラゴンへ、この後天的な変化であればどうだろうか。

 こっちは可能だ。むしろ、前者の遺伝子から創りだす方法と比べれば、何万倍も現実味があるだろう。

 

 生物として自然ではない、完全に人造生命であるというのが、ロマンの観点では残念なところだが……この際、ドラゴンができればそれで構わない。

 切り貼りを繰り返した生物であれ、それ一つが完璧であれば、一体何の問題があるというのだろう。究極生命体はそれ単体で十分なのです。

 

 幸いにして、私が開発した“不蝕の呪い”を入念にかければ、いとも簡単に不老不死になれる。

 翼をくっつけて、鱗をかっこよくして、炎が吐けるほどの知能を加えてやれば、それでもうドラゴンの条件はクリアしたも同然だ。

 

 しかし言うは易し。翼にせよ知能にせよ、これを個々クリアしていくだけでも相当難しい。

 

 現に、今やっている翼竜の翼を大型恐竜に移し付け加える試みは困難を極め、一度も成功していない。

 “慧智の書”による知能の植え付けも、また同様だ。“不蝕の呪い”をかけて少々頑丈にしてやっても、死亡率は変わっていない。

 

 この両方をクリアすれば、あとは鱗程度ならなんとかなるのだろうけど……成功の兆しは、見えていない。

 

「参ったなー」

 

 塔の中に作った植物園で恐竜の餌となる実を回収しながら、私は途方にくれていた。

 

 

 

 

 しかし、どれだけ巨大な迷路であろうとも、出口が決められているならばいつかは脱出できるもの。

 常人の感覚では“やっぱり無理でした”と音を上げる所であっても、私にそれは通用しない。

 何故なら私には、無茶を押し通すだけの莫大な時間がある。

 問題は全て時間と、無数の試みから生まれる一握の奇跡がなんとかしてくれるのだ。

 

 

 

「ほほほーっ」

 

 悍ましい低音で奇声をあげた私は、一匹の幼い竜をその手に抱いていた。

 

 そう、ドラゴンだ。

 紛うことなきドラゴンが、私の腕の中に包まれている。

 

「うーん、なんてチャーミングなんだ」

 

 長いしっぽ。細かな鱗。小さな腕。そして、触ると折れてしまいそうな、翼竜らしい膜付きの翼。

 何度も何度も実験と研究を続けた末に生み出されたドラゴンの幼体が、今私の腕の中にいる。

 

 ……と、まあ完成したはいいのだが、これは結構無茶な成功だったりする。

 

 

 

 苦節幾星霜、かなりの時間を掛けて有翼有知の竜を作ろうとした私だが、翼の段階で計画は頓挫しかけてしまった。

 翼も生えないのではドラゴンもクソもない。どうにかならぬものかと考えた末に、私はひとつの名案を思いつく。

 

 それこそが、翼のマジックアイテム化である。

 何を言ってるかわからないだろう。まあ、私が長年かけて辿り着いた強引な結論だ。一口に言ってわからないのも無理は無い。

 

 簡単に言って、翼を身体の一部とすることを半分近く諦めたのが、この結論の内容である。

 他種族の持つ腕や翼を、そう生物学的に無理矢理付け足すことができるはずもないという、ごく当たり前の壁にぶちあたって途方に暮れた私は、いつの日か、ならば無理に身体の一部に融和させなくともいいじゃないかという発想に思い至る。

 

 神経や筋肉の関係は複雑だ。私も生物の身体の構造には詳しくなったつもりだが、新たに神経を加え、かつ脳とどのようにつなげていいかなどは、まだまだわかっていない。

 ならばそういった小難しい部分を、全て魔術に押し付けることで解決すればよい。

 翼を、魔術的な力で操作できるような、いわゆる義肢のようなものにすればいいのだ。

 

 普段はただ、身体に生えたただの不要な機関。邪魔で重いだけの身体の余分なパーツでしかない。

 しかしそこに魔力を加えて操ることで、はじめて翼として機能させることができる。

 

 つまり、外付けの機能。嫌な言い方をすれば、寄生虫のようなものだ。

 ここを突き詰めていけば、意外と問題らしい問題はなく、拒否反応が出ない範囲で身体のパーツをつなぎ合わせることにより、竜に翼を付け加えることができた。

 

 生物学的に飛べるかどうか、動かせるかどうかはさして重要ではない。問題は、翼がちゃんとそれらしく動くかどうか、腐らないかどうかだけである。

 あとは全て、魔術に託せばいいだけなのだから。魔術マジ万能。

 

 もちろんこの跳ね返りは、その便利な魔術とやらにやってくる。

 意志によって、身体に存在するひとつの部位を動かす魔術。私が使うわけではないだけに、この魔術の研究は実に難しかった。

 

 だが、それもどうにか完成した。これまでに失敗した回数は数限りないが、命を保ちながら、かつ魔術的に翼を動かせる恐竜が完成したのである。

 

「よしよし、かわいいなぁ」

 

 小さな竜が、私の腕の中で翼を器用に動かしている。

 魔力を用いて動く機関だが、どうやらこいつが幼いためか、すぐに自分の手足のように、その使い方を体感で理解できているらしい。慣れてくれば、空を飛ぶ術も知ることだろう。

 

 翼は成長と共に魔力的に育つため、栄養の必要量は同じ恐竜と比べてもより多くなってしまうが……そこはまぁ仕方ない。

 作ったドラゴンたちは、ここで面倒を見てやればいいのだ。都合の良い植物園も、階下には何層も作ってある。

 

 コツは掴んだ。あとは翼を安定して付け加えられるようになればそれで万事解決。

 

 知能を発達させるという大きな問題は残っているけど、ひとまず一個片付いたことを祝っておこう。

 今はただ、彼らの成長が楽しみである。

 

 


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