どえらいべっぴんさんだとかいう姫様と、自称車持の婚姻。
それは大変めでたいことらしく、もうそろそろ宴が行われるのだという。
今は日も沈み、暗くなってきた辺りか。
外では妖怪の活動が顕著になり、同時に月からの魔力がより供給されやすくなる時間である。
……ふむ。あの枝が二人の人間の結びつきを強くする品になるのであれば、まぁめでたいことだろう。
自分で“これが欲しい”って言う辺り、お姫様とやらも結構現金なんだろうな。あの男は少々胡散臭いところもあるが金持ちなのは確かだから、物欲で満たされるのであれば、幸せな結婚と言えるのだろう。
私はそういった結婚は、あまり好みではないのだが。
いや、結婚どうこう言える歳でもないか。
「うん? そろそろ時間か?」
私が工房で刃物を研磨していると、控えめに扉を叩く音が聞こえてきた。
宴の支度でも整ったのであろうか。
「どうぞ」
入室を許すと、入り口からは二人の男がひょこひょこと遠慮がちに入ってきた。
ちょっと前に蓬莱の玉の枝を運び出した連中である。
「いや、度々すまぬな、石逗殿」
「構いませんよ。宴……とやらの時間ですか」
「うむ、そろそろ……なのだがな。どうも食事の用意で手間取っておるらしく……幾つかの食材をまだ運び入れている最中なのだ。もうしばらく時間をいただくことになる」
「重ねてすまない、石逗殿」
なんだ、まだ待たなきゃいけないのか。
正直宴にはそこまで興味がないんだけどな……既にこの時代の食文化はリサーチしているし……。
「いや、本当にすまない。その詫びといってはなんだが、宴席に出すための酒がいくつか種類があるのだが……それを石逗殿に見ていただきたいのだ」
「ほう?」
お酒か。お酒と聞くと、酔えない身体でもつい反応してしまう。
「石逗殿であればおそらく、酒についても詳しいのだろう」
「まぁ、それなりには」
「おお……なれば、是非石逗殿の舌で、決めては貰えぬだろうか。あいにく我々は飲めぬ口でな……」
「うむ、一口でもな……どうだろう。頼めるか?」
つまり利き酒をして、美味いやつを選出してほしいというわけだな。
なるほど、それであれば私を選んだのは正解だ。私の消化系が動いてなくとも、味覚はしっかりあるのだ。それに長年培ってきた経験もある。
この国で一番のソムリエが私なのはまず間違いあるまい。
「もちろん構わないとも。良い時間つぶしにもなりそうだ」
「ありがたい。……ああ、各々少量ずつしか用意できぬが、よろしいな。宴に行かれる前に酔われるのは敵わぬ」
「ははは」
うむ。こうして人に頼られて悪い気はしない。
……そうだな、これが人の社会で暮らすことの醍醐味だ。
現地の人々と交流し、酒を飲み交わし、楽しむ。
魔法が絡まない宴席だろうから少々退屈かとも思ったが、人並みに楽しむ心を忘れてはいけない。
「さて、こちらが酒だが……三種類ある。好きなものから、飲んでみてほしい」
「どれどれ」
私の目の前には、三つの器が置かれた。
どれも同じサイズの、小さなおちょこだ。銘柄も聞いていないが、どうせ聞いてもわからないので興味はない。ようは、この中で最も美味い酒を当てればいいのである。
この時代の酒はどれも濁り酒だ。
一部、土着的に灰を用いて濁りや酸味を消した清酒のようなものを作る地方もあるが、限られた一部のようなので、今現在はこの酒が一般的な形態なのだろう。
私個人としてはにごり酒より当然清酒の方が好みなのだがまぁ、これも時代の味わいというやつだ。
これはこれとして、楽しむとしよう。
「さて、ではまずひとつ目」
仮面を浮かせるように持ち、下から器を口へ運ぶ。
当然飲んでいる所は二人には見せられない。男たちは私の飲み方に怪訝そうな顔を向けていたが、こればかりは仕方のないこととして諦めていただきたい。
「ふむ……」
香り。
芳醇な濁り酒の香り。
一口飲む。どことなく、二人の男の様子が緊張したように見えた。
ふむ……雑味多し。穀物の味。仄かな甘み。それとひとつまみの
「……」
私は器を無言で置いた。
そしてもうひとつの器を取り、そのまま飲んでみる。
うむ。同じだ。雑味、穀物、甘み。そしてこの苦味は少量の
「……」
最後の一杯。
……ただのにごり酒。あとほんの少しの……魔力反応。
おそらくは妖怪由来の毒。風味からして節足系。毒虫だろうが詳細は知らないし興味もない。
「……いかがかな」
「……」
男達は表面上にこやかにしているが、身体は緊張している。
私の一挙手一投足を観察し、すぐにでも懐に忍ばせた短剣を抜けるよう構えているようだった。
「……はあ」
私は乱雑に器を置いた。
思わずため息が出てしまう。
なんでだろうな。数分前の私。本当になんだったんだろうな。
現地に溶け込んで、とか。人との触れ合いとか……その結果がこれか。
濁り酒三種飲み比べ。その内実は全て同じ酒である上、自然毒のオンパレードときた。
……ああ、そういえば、聞いたことあるな。
直接見に行ったわけではないが、どこかの王族は巨大な陵墓を作る際、その内部に設計士や作業員を閉じ込め殺すことにより、秘密の漏洩防止にしていたのだとか……。
なるほどね。昔の権力者は頭がいいよな。工員をその場で葬れば秘密は守られ、給金は払う必要がなくなるのだから。
……はぁ。
何度でもため息を付きたくなってしまうよ。
毒なんて効かない身体だというのに、これまでの彫金師の真似事が全て水の泡になったことを思うと……どうしようもなく、うなだれてしまう。
その様子を見て男たちは何か勘違いしたのか、音もなく立ち上がった。
「……もう良い」
これだから権力者は嫌なんだ。
自分たちの都合で容易く他人を踏み潰そうとする。
結局、この時代じゃ謙虚に慎ましく暮らしていても、良いことなんて何一つ無いということだな。
勉強になったよ。
「憂さ晴らししたら、さっさと帰ろ」
「! 貴様……!」
「騒がせるな、毒は回っ――!」
「“疼痛の呪い”」
良いだろう。
だったら、命とは言わん。一応、常連だしね。
「ぐぁああ……」
「い、いだっ……」
だから最後にその権力、傲慢さを、思いっきりへし折ってあげることにしよう。