東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「はあ……ちゃんと、無理難題を宛てがったつもりなのだけど」

 

 宴の準備が粛々と進められ、豪勢らしい食事が供される。

 私はその様子を見て、ため息を零さずにはいられなかった。

 

「おおっ……輝夜、見てごらん。素晴らしい食材を使っている。さすが藤原……やや、車持殿じゃないか」

 

 爺の方は、ごちそうを前に興奮を隠しきれていない様子だ。

 元々清貧な暮らしをしていたので、こうした歓待には憧れがあったのだろう。

 私からすると、地上の食事は味付けがごたごたしていて好みではないのだけれど……。

 

「なぁ輝夜。藤……車持殿は、身分を隠してまでお前を幸せにしようと、頑張っておられるのだぞ。そりゃあ、いくらか歳はいってるが……わしは、良い相手だと思うぞ……?」

「……」

 

 爺の言葉には、変な裏はない。

 確かに食事や金品、歓待にはすぐに目が眩んでしまう俗っぽさはあるだろう。

 それでも彼は、一度として“私のためにならない”と思ったことを勧めようとしたことはない。

 

「お前が五人に難題を押し付けたときはどうなるかと思ったが、今回は期待できるかもなぁ……うんうん」

 

 純粋なのだ。純粋に、私のことを気遣うからこそ、この縁談を推しているのだ。

 ……見る目がないとは、思っちゃうけどね。

 

 車持皇子。本当の名を、藤原不比等というらしい。

 この国においては片手の指で数えたほうが早いらしい有力者だそうで、私が一言で“イヤだ”と拒否することのできなかったしつこい求婚相手でもある。

 

 噂では、というより事実として、既に妻子がいるのだそうな。それも、既に複数人も。

 というより、今回私に求婚してきた五人の男たちは、半分以上が既に妻子持ちだったりする。

 そんな立場でありながら、こうして公然の偽名を掲げて盛大な宴を催そうとするのだから、国における権力は相当なものなのだろう。

 藤原不比等は、五人の中でも特に名の高い人物である。

 

 ……至極どうでもいいわね。

 

 私はこの国で偉くなろうだとか、男を作ろうだとかは一切考えていない。

 永琳を待っているだけ。ただそのためだけに、この場で彼ら人間の騒動を眺めているに過ぎないのだ。

 いわばこれは暇つぶし。

 拾ってくれた爺と婆へのちょっとした孝行というか、恩返しくらいは考えているけれど、執着があるとするならたったそれだけだ。

 だからこそ、しつこく求婚してくる男たちに対して、私はそれぞれに無理難題を吹っかけたのである。

 

 石作皇子には“仏の御石の鉢”を。

 

 車持皇子には“蓬莱の玉の枝”を。

 

 右大臣阿倍御主人には“火鼠の皮衣”を。

 

 大納言大伴御行には“龍の首の珠”を。

 

 中納言石上麻呂には“燕の子安貝”を。

 

 これはどれも入手のできないような、あるいは天界でもほとんど見られない品々である。

 人間界に流通する宝物は既にだいたいわかっている。地上には、これらは全く存在しないと断言できるはずだ。

 

 まぁ、けれど全て絶対に無い、という物でもないんだけどね。

 実在はするのだ。ただ、私をして“入手困難”というだけであって、無いことはないのよ。うん。

 

 永琳におねだりして“無茶を言うのはやめてください”って返されるものばかりだけどね。

 

 その中でも今回、藤原不比等に要求した蓬莱の玉の枝は、飛び抜けて難しいはずだ。

 なにせこれは宝物として出回っているものではなく、私の……私の故郷と、月にしか存在しない物なのだから。

 

 私が生まれた地。謎多き孤島、蓬莱山。

 どのようにその島が作られたのかは、そこで生まれ育った私自身も、調査した永琳にさえわからないのだという。

 あの永琳が蓬莱山のことになると、珍しく口をつぐんで思い悩んでしまう。それだけ奇妙で、謎多く、未知ばかりの島なのだ。

 

 蓬莱の玉の枝は、そんな島に自生する固有の植物。

 天界にすら存在しない植物だ。

 

 そして、島にある蓬莱の枝は多角形の実をつける。

 それはそれでとっても綺麗なんだけれど、今回私が求めているのは球体の実をつける枝だ。それは永琳が品種改良したものであるし、月にしかない品種である。

 

 本当にあの閉鎖的な月から枝を取り寄せたのだとしたら……あらまあ、それは凄いことだわね。

 さすがは藤原不比等と、本気で惚れてあげても良いかもね。

 

 ……要するに、それだけの難題を押し付けたのである。

 

 

 

「蓬莱の島より帰って参りました。いや、波は荒れ、何人かの供を死なせてしまいましたが……こうして無事、姫の前に戻ることができたのはもう、天命であったのでしょう。船旅の最中には、異形の妖怪どもが息つく暇もなく襲いかかり……」

 

 今、藤原不比等が私の前でペラペラとあることないことを騙っている。

 正真正銘本物の蓬莱の玉の枝だという品には、もったいぶったように濃紫色の絹がかけられ、明らかにはなっていない。

 布が取り払われるのは、やたらと長い冒険譚を騙り終えた後になるのだろう。

 

 中身は、まぁ……そうね。

 前回と前々回に出された石器とただの毛皮よりかは出来が良いことを期待するしかないわね。

 

 ああ、それにしても、早く話が終わらないものかしら。

 周りにいる人たちは冒険譚を楽しそうに聞いているけれど、荒唐無稽すぎていい加減退屈になってきているのよ。

 私と彼らが薄幕とはいえ隔たれて助かったわ。ちょっとした欠伸だけなら、ばれないから……ふぁあ。

 

「いかがでしょう、姫。これこそ我らが蓬莱の島より取って参った、蓬莱の玉の枝。きっとご覧いただければ、本物だと確信されることと思いますぞ」

「そう。それは、とても素敵なことね」

 

 一体どのような枝が現れるのかしらね。

 金と銀の飾りを枝にくくりつけただけの粗末なものだったら、その場でへし折ってあげようかしら。

 

「フフフ。では、ご覧あれ……」

 

 奥ゆかしく笑いながら、不比等は自らの手で絹をゆっくりと捲り上げた。

 もったいぶった捲り方ね。

 どうせ贋作なんだから適当にぺいっと剥がすだけで……んんんんんんんんんんん。

 

「この輝き……まさに本物でありましょう!」

 

 んんんんんんんん。

 

「フフッ……いかがですかな。これぞ蓬莱の枝、美しさのあまり、声も出ないでしょう」

 

 ……ハッ。気を失ってたわ。

 

 ……えっ?

 

 はっ? えっ? なにそれ。なにこれ。

 

 えっ……。

 蓬莱の玉の枝じゃないの。

 

 えっ、なんで? どうして?

 本物? ……よね? ただの玻璃玉……なわけがないわ、あの輝き、艶……。

 

 えっえっ。本物。えっ。

 

「おお……! 見なさい輝夜! なんという美しさ……これは……今回は間違いなく本物じゃぞ!」

「た、確かに今回は、爺の言うとおりかもしれないわねぇ。輝夜、車持殿は本当に取ってきたみたいよ……!」

 

 嘘……ありえないわ。

 だって、蓬莱の玉の枝は、そんな。こんな所にあるわけないのに……!

 

 ど、どうしよう……!?

 

 た、助けて永琳!

 

 

 


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