東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「こ、これ、待たぬか……!」

「待たんわ」

「ここより先は、招待が……いや、確かにお主は招待されている、のだがっ……!」

「止まる理由が何一つ無いではないか」

 

 私は大股で歩きながら、二人の男を引きずるように歩いている。

 当然魔力アシスト付きだ。男二人にひっつかれても何ら抵抗なく、廊下をずいずいと進めている。

 

「あ、ああ……こら、そこだけは! 絶対開けるでない!」

「今は取り込み中なのだ! おい、やめろ!」

「振りかな?」

 

 そして、目当ての大広間とやらはあの戸の先にあるらしい。

 ふむ、屋敷の前からここまでずっと、丁寧な案内ありがとう。

 

「“宵闇”」

「う……?」

「おお……?」

 

 私が掲げた手のひらを見て、二人の男はすぐさま脱力した。

 もちろん殺してはいない。ほんのちょっとだけ、廊下で気絶していただくだけである。

 

 そう、私は優しいのだ。

 倒れた二人をそっと板の間に横たえてやるし、足蹴にして寝苦しくない体勢を整えてやったりもしちゃうのだ。

 

 なんと心の広い魔法使いだろう。

 

 うん? じゃあその慈悲深い心で藤原をどうするのかって?

 ハハハ、それはもちろんアレですよ。彼はお得意様ですからね。

 

 だからね、こうして戸に向けてね、脚を構えてね。

 

「チィーッス! ライライ軒でーす!」

 

 名乗りと共に蹴り破るんですよ。

 

 ん? 慈悲? 知らんな。

 

 私の今の仮面を見ればわかるだろう。

 般若だ。今の私は般若なのだ。

 藤原の宴なんぞ私がめちゃくちゃにぶっ壊してやるわ。フハハハ。

 

「だっ誰だ!?」

「何者だ!?」

「あ、あれは……あの仮面、間違いない! 奴を知っているぞ! 新益京の彫金師、石逗だ!」

「彫金師だと!? 鬼ではないのか!?」

 

 既に宴が行われていたようだが、私が登場したことでただならぬ雰囲気になりつつあるようだ。

 結構なことである。なにせ私はぶち壊しにきたのだ。どうなろうと知ったことではない。

 奥の方のヴェールの向こう側では、おそらく姫らしき人物も慌てたのだろう、ガタンという大きな音が聞こえてきた。

 

「ぬぁっ、お前は……!?」

 

 そして広場の中央、蓬莱の玉の枝が鎮座するその前には、見覚えのある男が一人。

 やってきた私を見て、随分とまぁ慌てた様子である。

 

「やあ、車持……いや、藤原殿。その枝切れを献上する宴が開かれると聞いてねぇ。私も脚を運ばせてもらったよ。お招きいただきありがとう」

「そ、うであるか。だが、しかし貴様、そのような……」

「おお、酒があるのか。ほうほう」

「ヒエッ」

 

 狼狽する藤原をよそに、すぐ近くでへたり込んでいた男の料理をふんだくる。

 さすが宴というだけあって、酒は参加者全員に供されているらしい。

 

「どれどれ」

 

 私は仮面の大きな口から酒を流し込み、口の中で味を見る。

 ふむ、ふむ……。

 

「んー美味い。さすがは藤原殿の開かれる宴だ。酒も絶品ですなあ」

「そ……そうか、酒ならばいくらでも」

「だが、さっき私の工房に届けられた酒には附子やら河豚やら、やたらと毒が混じっていたのだがね」

 

 毒入りの酒。私の言葉に、会場がざわついた。

 

「な、何を言う! このような場で、そのような……」

「酒なら持ってきましたよ。これが私に渡されたものです。まぁご丁寧に、この宴のものと同じ器を使っているのには、呆れましたがね」

 

 そう言って私が懐から同じ酒器を取り出して見せると、藤原の顔色が更に青ざめてゆく。

 どうした藤原よ。毒でも呷ったか?

 

「み、皆の衆。この者の言うことなど信じるに値せんぞ。あの仮面を見てみよ、どう見ても物狂いであろう。誰か! 誰かこやつをつまみだせ!」

 

 とは言うものの、動く者はほとんどいない。

 私がそう暴れまわっていないというのもあるし、単に私の背丈と仮面を恐れてもいるのだろう。

 屈強な男は何人かいたが、私を見て動けずにいるようだった。

 

 まぁ自分で言うのもあれだけど、背の高い般若を取り押さえろったって勇気がいるよね。

 

「危うく毒酒を飲まされ、案内役だとかいう二人の男に斬り殺されるところでしたよ」

「や、やめ……」

「そんなに踏み倒したかったのですかね、その……蓬莱の玉の枝の“制作費”を」

 

 その言葉に、宴の席は静まり返る。

 いや、元々騒然としていたこの場であったが、今はより一層静かな感じだ。

 ホストの視点でみたらもう、これは胃が痛くなるね。私にとっては他人事だけども。

 

「……制作……?」

「いかにも。この偉大なる彫金師たる石逗が、ここにおられる藤原不比等殿の要望に応えて丹念に仕上げた、珠玉の一品にございます」

 

 そう言って、私は懐から色付き魔石を取り出した。

 これは多角形だし、蓬莱の枝のものではないんだけども、成分的にはほぼ同じだし色味も似通っている。

 どこか素材っぽいこの石を見て、周囲がざわつく程度には説得力を持っていた。

 

「まさか、本当に……」

「あの職人は腕が良いと聞く。これは……」

「これまでの二人も贋物を用意したのだ。彼もまた……」

 

 もはや藤原不比等に味方はいない。

 宴の参列者は訝しそうに、あるいは蔑んだような目を彼に向けている。

 

 藤原は公に突きつけられたものに対して、今更恥を上塗ることもできないのか、青いような赤いような顔をうつむかせながら、小刻みに震えるばかりであった。

 

 うむ。

 なるほど、これがざまぁというやつか……。

 特別蜜の味がするわけでもないが、うむ。溜飲が下がるという言葉の意味には、頷けるな。

 

 だがね、後味が多少濯げたからと言ってもね。

 下請けを抹殺してコストを踏み倒そうなんて真似はね、反吐が出るんだよ。

 

 労働者の敵、許すまじ。

 

「さて。どうやらもう宴をするような雰囲気でもなさそうですので。私はこれにて失礼致しますよ」

「……」

 

 藤原は答えない。が、上目遣いに睨み、無言ながらも私に殺意を向けているのは明らかだった。

 “殺してやる”。そう言っているのだろう。この場ではともかく、私がここを離れたならばすぐにでも私兵を送ってきそうな気迫だ。

 

 けど、もはやそんなものは無意味だ。

 私はもはやこの国で彫金師をやっていくつもりはないしね。すぐにでも出ていくともさ。

 

「ああ、ご安心を、藤原殿。玉の枝のお代は先程頂きましたので」

「何……?」

「じゃ、私はこれにて」

「なっ、ま、待て……!」

 

 色々と止めようとする者たちはいたが、私は彼らのことごとくを投げたり足を掬ったりして吹き飛ばしながら、悠々と立ち去るのであった。

 馬鹿め。奴は妖だった、などという風評など流させてなるものか。全員ちゃんと丁寧に投げ飛ばして、お前の顔に泥を塗ってやるからな。フハハハ。

 

「さて、と」

 

 空は晴れ。とはいえ、夜だ。

 大きな満月がよく見える、絶好の魔法日和である。

 

 屋敷の前につけられた牛車を見やれば、そこに留めてあった牛達は“何故か”忽然と姿を消している。

 不思議なものである。おそらくだが、もう彼らは地球上のどこを探しても見つからないのだろう。

 魔界へ行けば、ひょっとするといるかもだが。

 

「……身の回りの品を始末したら、私もさっさと魔界に帰るか……」

 

 腹いせとは言え、随分と不毛なことをしてしまった気がする。

 いい年して、ただの人間相手に何をやっているのだか……。

 

 ……それにしても、姫かぁ。

 

 姫ねぇ……かぐや姫だっけ? なんか、似たような話もあったような気がするけど。

 

 ま、どうでもいいか。

 

 


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