東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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贋

 一応は姫扱いされている私と、宴の席とを隔てる薄い暗幕。

 この道具の名を、御簾と呼ぶらしい。

 

 ……私は今日から、この幕を“御簾様”と呼ぶことに決めた。

 ありがとう、御簾様。多分、数万年はその名を忘れません。

 

「輝夜、大丈夫かい!?」

「え、ええ……平気。私は平気よ、婆」

「輝夜ぁ……! 怪我はないか!? 何もっ……!」

「大丈夫だから、爺……少し、驚いただけ」

 

 そう、驚いただけ。私は何もされていない。

 多分……見られても、いない……はずよ。

 

 いや、見られてない。絶対にそう。そうであるべきだわ。

 そう思ってないと、怖すぎる……。

 だって……。

 

 ……あいつ……絶対、あの時月に来た……ライオネル・ブラックモアなんだもの……!

 

 

 

「どこに行った!? 警備は何をしておる!」

「毒があるとはまことのことか!?」

「牛が! 牛が一頭もいない!」

「どういうことだ! 何が起きたのじゃ!」

 

 宴は、終わったのだろう。

 人間の騒々しい声色には、既にそのような気が抜けていた。

 

 ……無理もないわね。

 突然、魔物のような恐ろしい面を付けた長身の男が乗り込み、大暴れしていったのだ。

 全員が尻尾巻いて逃げ出さない分、むしろマシな状況だと言えるかもしれない。

 

 それに……宴の主目的である、蓬莱の玉の枝。

 それが、あいつの口から……“自分の製作物である”と告げられたのだ。

 

 果てしなき冒険の末に手に入れたはずの秘宝が、人為的なものだった。

 それも、職人への報酬を踏み倒した上でのもの。

 

 ……藤原の地位は、しばらく地に落ちることでしょうね。

 ま、どうにも優秀な文官を抱えているようだし、真実はもみ消されるかもしれないけれど……私との縁談が解消されるなら、後はどうだって良いことだわ。

 

 地上の人間と結ばれる?

 冗談じゃない。月の民とも地上の民とも、褥を重ねるなんてまっぴらだわ。

 ……まぁ、さっきは……本物の蓬莱の枝を前にしてちょっとだけ焦ったけど。

 ここまで宴が総崩れになってしまえば、後はどうにでもできそうだわ。

 

 ……あの枝を、無償で手に入れることすらもね。

 

「車持殿」

「……! は、はい……」

 

 顔を赤くしたり青くしたりで忙しかった藤原は、簾越しの声に驚いたように反応した。

 まさか私から声をかけられるとは思っていなかったのだろう。

 実際、わざわざこのような奴を語らいたくはないけどね。けど、まだひとつだけ用が残っているのよ。

 

「此度の縁談。当然のことながら、なかったことにさせていただくわ」

「……は」

 

 当然の通達だ。要求ですらない。今回の宴は、誰もが私への侮辱であったと認識していることだろう。

 

「そして。――このふざけた枝は、頂いていきますから。贋作でも、手折れば退屈しのぎにはなるでしょうから」

「……っ……」

 

 藤原は何かを言いかけた。この期に及んで何の未練があるというのか……。

 本当、欲深いというか。穢れの多い男ね。

 

「……屋敷へ戻るぞっ! 牛車を出せ!」

「車持殿ッ……それが、牛が……全くおらず、牛車は……」

「……チッ!」

 

 その後、彼は散々部下やその場にいない石逗とやらを怒鳴り散らした後、徒歩で自らの根城へと帰っていった。

 おそらく、今回の宴による醜聞やらの処理に追われるのだろう。

 ……本当、どうでもいいことだけれど。

 

 

 

「それよりも……」

 

 藤原が残していった蓬莱の玉の枝を手に取り、眺める。

 表面を撫ぜ、灯りに翳し……そして、確信する。

 

「本物……」

 

 そう、本物なのだ。

 宴にいた者たちは、この枝を贋物であると疑っていない。

 用意させた藤原でさえ、信じ切っていることだろう。だからこそ、大人しく引き下がったし、こうして置き去りにしたわけだけど……。

 

 ……それでも、私にはわかる。

 この枝は紛れもなく蓬莱の玉の枝の実物であり……慣れ親しんできたものに相違ないのだと。

 

「輝夜……良いのかい? その枝は……確かに美しいが、結局……偽物なんじゃろう」

「そうね、爺。けれど……良いのよ。わざわざ捨てる必要はないから」

「ふむ……お前がそう言うなら、取り上げはしないが……」

 

 そして、この枝を作ったのは……あの石逗と名乗っていた男、ライオネル・ブラックモアなのだという。

 

 ……何故? 意味がわからない。

 でも、嘘だと思えない。あれは……あいつは、不気味すぎるから。

 何をするのか、あの大異変から何年も経った今でさえ、予想がつかないから。

 

「……永琳が来たら、隠居しなくちゃね」

「エイリン? 輝夜、エイリンとはなんだい?」

「ふふ、なんでもないのよ。爺」

「ふむ? そうか……しかし、まぁ元気を出すんだよ、輝夜。もっと良い殿方が、きっとすぐ見つかるさ」

 

 ……永琳。彼女と合流したら、速やかに身を隠さなくては。

 

 けど、それまでは……もう少しだけ、この若き老夫婦の娘役を務めるのも、良いかもね。

 

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