東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 まだら模様の牛が、紫色の草原を歩いている。

 そこで食べられそうな草を探し求めているのだろう。しかしゆけどもゆけども、草原には繁殖力の強い紫色の草しかない。彼の追い求めるような鮮やかな黄緑色の草は、ここには存在しないのだ。

 

 いつしか牛も諦めたのか、不服そうな表情で草を食み始めた。

 まあ、見た目こそ毒々しいが、基本的には雑草である。牛が食べて腹を壊すようなこともないだろう。

 

 ここは通常の植物とは違う、いわば魔草に近いそれらの草原だ。

 時折見られる低木ももちろんのこと魔法生物に近いもので、触媒の材料としても適している。時々ここは馬の魔族や牛によくにた魔族がやってくるのだが、どちらも肉食ではないので、まあ地上からやってきたあの牛たちも、どうにか平穏に過ごして行けるだろう。

 

 もっとも、食用とするまでにはもう十何年か、数が増えるのを待たねばならないだろうが……。

 

「どうですか、ライオネル」

「おお、神綺」

 

 物思いにふけっていると、目の前に逆さまの神綺が現れた。

 

「ここの草原は、よく移動するので……もちろん時間はかかりますけど、岩地を緑化してくれるんですよ」

「あれ。二十七番目のムラサキハコベじゃなかったっけ」

「これは二十九になりましたねー。見た目にはわからないですけど、荒れ地が隣接していると結構違って見えると思いますよ」

「ふむ」

 

 以前に見た種類と同じかと思ったが、知らぬ間に品種改良が成されていたらしい。

 であれば、見なければ損というものだろう。

 

「どれどれ」

 

 私は瞬間移動し、草原の外側までやってきた。

 草原の外は荒野で、適当な岩と丘陵が続くだけの見ごたえのない地形である。

 位置的に降水量も乏しいため、ここにはほとんど植物が自生せず、そのため生物が寄り付こうとしない。

 地形だけは古くから用意されたものだったが、未だにこうして手付かずなところを見るに、なかなか不人気のようである。

 

「おや」

 

 だが、何もいないはずの土地にはひょこひょこと、小さくうごめく者がいた。

 小さく、まるでネズミか何かのように見えるが……。

 

「あれが、動き出した二十九のムラサキハコベです」

「ほほー」

 

 それは草であった。

 もちろんただの草ではない。根っこを自ら地中から引き抜いて、その根っこを束ねて二本足にして歩く……もう、なんというか……以前にもどこかで見たことのあるような、そんな奇妙な植物である。

 

「草原の無いエリアが近くにあると、ああして独りでに株分けされるんです。で、そのままちょうど良さそうな場所を見つけると……」

「その土に埋まるわけか」

「はい。まぁ、大抵は死んじゃうんですけどね」

「死んじゃうんだ」

「はい。歩くことにほとんどの生命力を使い果たしてしまうので」

「ふむ。つまりそこで種を蒔くことで繁栄するわけだな」

「いえ、種はつけなくなっちゃいました。なので普通にただ死んじゃうだけですね」

 

 それってもうほとんど死んでるじゃないか……。

 なんて悲しい植物になってしまったんだ、ムラサキハコベ……。

 

「いえ、種がついていた時期もあったんですよ? それが二十八番で。けど、その時はあまりにも大繁殖するものですから……魔人が運営していたいくつかの農場が被害に遭いまして」

「うわあ。まぁ、けどそうだろうね。種を的確に、自分から広めていく草なんて畑の天敵だ」

 

 ほぼ全ての農薬が効かないというのも厄介である。

 ある意味、風に乗ってやってくる種よりも凶悪かもしれない。

 

「なので、今回は種をつけなくなりました。生命力はほとんどないので、土に植わろうとしてもほとんどは枯れますが……何千のうちに一株くらいは生き残るかもしれません。それに、ただ枯れるだけでも土の原料にはなりますから、あながち無駄というわけでもないんですよ」

「ふむ、言われてみれば」

 

 確かに、ただ種をばらまくよりかは、自ら土となって岩場を彩ってくれるほうがありがたい。

 やがてそれが繰り返されることで、草の生い茂る土壌に変化してゆくことだろう。

 長い目で見れば、この魔界全域を、そうして植物を繁栄させることも可能かもしれない。

 

「ふーむ。地上の植物をこちらに移すのも良いけれど、こういった魔界特有の植物を地上に移すというのも、いつかはやってみたいものだな」

「あれ、それって大丈夫なんですか? 物によっては、結構凶暴だったりしますけど。植物でも……」

「ああ、そこら辺は大丈夫だよ。しっかり場所を弁えてやってみるさ」

 

 地上の動植物と魔界の動植物。それらには大きな違いや種としての隔たりはあるが、性質を明かしてしまえば結局どちらも生き物に過ぎない。

 とはいえ、外来種というものは時に在来種を蹂躙するものなので、それらの移植に関しては細心の注意を払う必要があるだろう。

 

 ……うーむ。魔界と地上をつなぐゲートも、ある程度は警備した方が良いのかもしれないな。

 いつか誰かしらを雇っておくべきなのかもしれない。

 

 


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