東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「はてさて」

 

 牛は元気そうにやっているようなので、一安心である。

 その後も魔法キノコやら触媒用の苔などを見回ったが、どれも異常なく繁殖しているようだった。

 ただ、一部の染料となる植物が乱獲されたためか数が激減していたので、そちらはどうにか保護する必要があるかもしれぬ。

 が、あるいは種の絶滅を魔人らに経験させておくのもそれはそれで趣深いような気もするので、この件に関してはやっぱり触れておかないことに決めた。

 それはそれで、後々に活かされるかもしれないからね。

 

「次は、魔都の様子でも見てこようかな」

 

 あとは色々と騒がしいらしい魔都パンデモニウムの様子を見ておこう。

 悪魔達が巻き起こす騒動や作り出すものは魔界に様々な刺激を与えてくれるので、かなり楽しみだ。

 

 

 

 瞬間移動で時計塔の真上に移動し、魔都を見渡す。

 魔都は相変わらず空気がどんよりとしており、街を歩く悪魔達も何か企んでいそうな雰囲気である。

 ここで暮らす連中に“儲かりまっか”と聞いても、ニヤリと笑われて“ぼちぼちでんな”と返ってくるだけなのは必定だ。なので、私は紅魔館へと足を運ぶことにした。

 

「失礼。小悪魔ちゃんは今、ここにいるかな?」

「おや」

 

 前にも見たことのある悪魔が、紅魔館別館の窓口に立っていた。

 向こうも私に気付いたようで、読んでいた最中の本を脇へ追いやり、軽く頭を下げてくれた。

 

「どうも、お久しぶりです。小悪魔様は現在、紅魔館の書斎にて写本の最中かと思われます」

「写本?」

「ええ。この魔界に散逸した様々な文献を、手ずから書き写すことを趣味とされたようでして。召喚されない間は、そのようにして過ごされているようです」

 

 写本か。なかなか良い趣味を選ぶじゃないか。

 かくいう私も写本が好きでね。特に活字そっくりの文字を一発で本一冊分書き通すという遊びに一時期はまっていたのである。字が上手くなってからは数百年も持たずに飽きてしまったが。

 

「ふむ、では小悪魔ちゃんは今忙しいということかな。声をかけるのも、失礼にあたるだろうか」

「いえいえ、そのようなことはないかと。小悪魔様は来客を心待ちにされております。きっと喜ばれますよ。小悪魔様にお伝えしましょうか?」

「そうか。だったら、お願いできるかな」

「畏まりました」

 

 そんなわけで、私は紅魔館別館の客室で暫し待たされてから、大丈夫だというお達しを受け、紅魔館へと入っていったのだった。

 

 

 

「お待たせしました、ライオネルさん」

 

 小悪魔ちゃんの書斎に入ると、彼女はお茶を用意して待ってくれていた。

 これは近頃魔都で作っているらしい紅茶なのだとか。毒は入っていないし、味も良いと評判である。カップの方はわからないが、金彩の文様からして魔人のものだろう。裏側を見てやれば答えははっきりとするだろうが、それは飲み終わってからのお楽しみだ。

 

「やあ、小悪魔ちゃん。写本を始めたんだって?」

「はい。やり方は地上で教わっていたので、ここでも始めてみたんです。結構楽しいですよ」

「ふむふむ。……あそこの棚全てがそうかな」

「そうですね。アレクサンドリアの写しと、他にも色々ありますよ」

 

 小悪魔ちゃんの後ろの棚には、何百冊もの本が収納されていた。

 製本が見ない様式であったので、なんとなく彼女の手によるものだとは思っていたが。これはかなりのめり込んでいるようだ。

 

「アレクサンドリアから持ち帰った本は保護をかけてあるので痛むことはないんですけど、いつどんなことがあって失われるか、わからないですから。だから、写本にしておこうかなって。そうして書き続けていたら、熱が入ってしまいまして」

 

 小悪魔ちゃんはどこか恥ずかしそうに言うが、写本の手は止めようとしていない。

 ふむ、自動筆記癖がついてしまったか。彼女の写本マスターへの道は遠くなさそうだな。

 

「もう少しだけ纏まった量が書き上がったら、写本はブックシェルフに寄贈しようかと考えているんですよ。魔法関係の本が多いので、ヴワル魔法図書館になるのでしょうか?」

「おお、ブックシェルフに寄贈してくれるのか。手書きはあまりないから、嬉しいね」

 

 ブックシェルフ内部にも数多くの図書館が存在するが、その中でも最も広く中央に存在するものが、魔法関係の本ばかりを取り揃えた施設、ヴワル魔法図書館である。

 なぜヴワル魔法図書館が一番大きいのかというと、それはもちろん私の判断によるものと言わざるをえない。魔法こそが世界の中心なのだから当然のことだ。

 

「ふむふむ、そうだね。大体の本はヴワルでもいいかな。ああでも、こっちはスコリの方が適していると思う。これは魔法的な話というよりは、科学寄りな知識だからね。魔法と混同すると後々金魔法で苦労しそうだ」

「ほー、なるほど……ライオネルさんに聞くと魔導書の分類が正確なので、助かります!」

「ははは、なにこの程度。いくらでも私に任せてくれたまえ」

 

 まぁもちろん小悪魔ちゃんの言う魔法的な分類に突っ込むという判断も間違っているわけではないけどね。うむうむ。

 それは土なのか? 金なのか? 今度詳しく話してあげようじゃないか。

 

「あ、そうだライオネルさん。ブックシェルフといえば最近、あそこで悪魔同士の大規模な争いがあったみたいなんですよ」

「ほう? 悪魔があの場所で暴れるなんて珍しいね」

 

 ブックシェルフは魔界上空を回遊する最規模な立方体図書施設だ。

 それは魔界で暮らす人々にとって、それこそ悪魔から魔人に至るまで分け隔てなく開放されているものなので、様々な種族が互いに保全と警備を行っており、基本的に常に平和は維持されているとは思うのだが。

 あそこで悪さをするということは、現代でいうところのオリンピック会場で暴動を起こすレベルの行為に近いのではないだろうか。

 

 そんな無謀を起こすなど、よほど我慢ならないことがあったのか。それとも、よほど命知らずで自信家な連中だったのか……。

 

「騒ぎを起こした悪魔たちは、えっと、片方はあまり聞いたことがないんですけど、確かもう片方は夢幻の姉妹と呼ばれている、高位の悪魔姉妹だったはずですよ」

 

 あっ。命知らずで自信家なやつだった。

 

「高位の悪魔がそのような非常識な行いをするなんて、珍しいですよねぇ」

 

 いや小悪魔ちゃん、それはどうなんだろうね。

 位階だけを見て悪魔を判断するのは、私ちょっとどうかと思うよ。

 

 

 


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