東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 久々の堆肥作りは存外悪いものではなかった。

 その場にある蔦を用いて、というのがまた新鮮だったのかもしれない。適正の高い土を選んで放り込んだり、誰も目を向けないような路傍の石を砕いて混ぜたりと、なかなかノスタルジックな経験を楽しめた。

 

「……色々投げ込んでいたけど、真面目に作っているのかしら」

「もちろんだとも。時間はかかるけど、良いものができるはずだ」

「なら、楽しみだわ」

 

 ブックシェルフは魔界上空を回遊する孤立した島のようなものだ。

 自然、高度が高ければ物も少なくなるわけで。限られた資材と資源の中では、軽いガーデニングを行うのにもかなりの手間がかかってしまう。

 内部はそこそこ広く作ってあるとはいえ、数の少ないものは取り合いにもなるだろう。

 

 故に、土を作るという行為は重要なのだ。

 無作為に繁栄した植物を間引き、利用可能な状態に加工する。数少ない資源を用いてやりくりするというのは慣れないうちはとても難しいが、面白いものである。

 

「それで、えーと」

 

 幽香は私を指差し、しばらく曖昧に唸った。

 

「名前、何だったかしら」

 

 まさかの二度忘れである。

 

「ライオネル。私の名前はライオネル・ブラックモアだ」

「そうそう、ライオネルだったわね。いい名前だと思うわ」

「うむ。今度は覚えてもらえると嬉しい」

「もちろんよ、当然じゃない」

 

 あははと笑ってはいるが、彼女が今日中にあと一回私の名前を訊ねてきたとしても私は驚かないぞ。

 

「ライオネル、あなたってひょっとして腕の立つ魔法使いなのかしら」

「うん? それはもちろん。しかし何故?」

「さっきの作業中、さも当たり前みたいな風に容器を浮かせたり撹拌していたじゃないの。手を使わずに、魔法で」

 

 ああ、しまった。全て手作業でやろうと思っていたのだが、つい触りたくない部分では魔法が出てしまったか。

 

「まぁ……誰だってわざわざ汚いものは触りたくないじゃないか」

「土汚れを気にしては植物と向き合えないでしょう。まあ、それは本題じゃないから良いけれど」

 

 幽香は退屈そうに前髪をくるくると指に巻き付け、私を上目遣いで睨んだ。

 

「魔法が強いなら、一度で良いから……私と、お手合わせしてくれないかしら?」

「ふむ? 私と?」

「ええ。あなたが強いなら、それはそれで興味があるもの。ブックシェルフの中にいると、大人しい連中ばかりで退屈だしね。あの双子がいた時は、それはそれで、まずまず楽しめたんだけど」

 

 幽香は微笑んでいるが、それはとても上品だとか、清楚な笑いであるとは言えなかった。

 禍々しい、悪意に満ちた笑み。殺気と闘志を隠そうともしていない、そんな実に魔族らしい笑いだったのである。

 

 ……しかし、ふむ。お手合わせ。要するに戦いか。

 戦いねえ。確かに魔族らしいといえば魔族らしいのだが……。

 

「ふーむ。幽香、それは体術的な戦い? それとも魔法的な戦い?」

「好きな方で良いわよ」

「いや、魔法戦なら大歓迎だけど」

「あら、意外と好戦的なのね。てっきり日和るかと思っていたけど」

「魔法は別なのだ」

「そういうものかしら……」

 

 幽香は軽く手を叩いて土汚れを落とすと、指をバキバキと鳴らし始めた。

 ……魔法戦だよね?

 

「それじゃあ、ルールでも決めましょうか。魔法戦……というのがよくわからないけど、どういう風にすればいいのかしら」

「もちろん、その名の通り魔法に限定した勝負のことだ。打ち払い以外では魔法的でない直接攻撃は極力なし。面倒なので逃げ隠れすぎるのも無し。時間制限は無しで、決着がつくまで……そんな感じだろうか」

 

 私がなんとなくで考えついたルールを説明すると、幽香は片眉を上げて肩を竦めた。

 

「決着というのは? 気絶するまで? 死ぬまで? 両手足が動かなくなるまで?」

「あとは降参もありでいいんじゃないかな。私は負けだと思ったら降参するよ。ああ、幽香を殺すつもりはないから、そちらも降参で良いんじゃないかな」

「随分と呑気な判定ね。まるで自分の勝利の形は明白に決まっているみたい」

「いや、どうだろうね。幽香の力を測りかねて、うっかり私が負けることもあり得なくはないだろう」

 

 魔法の戦いで負けたくはないが、実際ありえてしまうことだ。

 幽香の戦いを見たことが無いので、彼女がどのような魔法や戦法を使うのかは全くの未知であるし、その時に意表を突かれることだって十分にあるはず。

 

「力を測るだなんて、無粋な真似は止しなさい」

 

 が、幽香はそれに不快感を覚えたようだった。

 

「くるなら本気でかかってきなさい。後から油断して負けただなんて言い訳は聞きたくないし、不愉快だわ」

「……ふむ」

 

 幽香が全身に魔力をみなぎらせ、ゆらりと構える。

 格闘術ではない。自然な立ち姿に力だけを巡らせて、ただただ己に内在する力を引き絞っているかのようであった。

 

 その立ち振舞いを見るに……なるほど、彼女は強いのだろう。

 魔法は特別得意ではない。だが、かといってそれは決して多くの悪魔や魔人に引けを取るものではないし、あるいは今私が見ているよりもずっと膨大な力を抱え込んでいるのかもしれない。

 

「私の本気と戦いたい、か」

 

 力を測るな。ふむ、なるほど、たしかに言われたくない言葉だな。

 私も少々、耄碌して礼を失していたのやもしれぬ。

 

「……では、幽香。ブックシェルフの内部でやるのも迷惑がかかるだろうから……一旦外に出ようじゃないか」

 

 ブックシェルフは頑丈だし、長期間を経ても運行を妨げられないだけの力はある。

 だがそれは主に外殻の話であるし、内部で暴れた場合は壁面の破壊はされないものの、建造物や利用者に大きな負担がかかるのは間違いないだろう。

 

 だから、外だ。

 

「ブックシェルフの上。そこでなら、周りを気にせず十分に魔法が使えるはずだよ」

 

 


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