東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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摘刺草(ツミイラクサ)

 

 薄緑色の光弾が山の斜面に降り注ぎ、砂地を浅く抉り、弾けてゆく。

 威力はそこそこ。だが何よりも範囲が凄まじい。

 日傘を片手に宙を跳んだ幽香が、ただの片手で放った攻撃が、それだった。

 

 光弾の雨は“浮遊”した私を素早く追い詰めるようにしてやってくる。

 あと数秒もすれば、私もこの暴力的な雨に飲まれてしまうだろう。

 

 だが、そうはならない。

 

「“巨視的な壁”」

「!」

 

 “浮遊”による移動中に地面に垂らし続けていた魔力の跡から、初級土魔法が発動した。

 

 エンデヴィナの荒れ山の斜面に転がっていた大小様々な砂礫が宙に浮かび上がり、空へと射出される。

 石のサイズは小粒なものから手のひら程度に至るまで様々だが、それらは等間隔に並び、まるで隊列を組んだかのように整然と浮かび、等間隔で発射されてゆく。

 

「これは……」

 

 程なくして出来上がるのは、地面から発せられる小石の整然とした一斉射撃だ。

 近距離の私からは密度の薄い石礫の一斉飛翔にしか見えないそれであるが、遠く上空から見下ろす幽香は、それがまるで直方体の壁がせり上がってくるかのように見えていることだろう。

 

「小癪ね」

 

 無数の礫による飛翔は、幽香のばらまいた光弾を全て防ぎきった。

 中途半端な威力の魔弾など、こうして適当な障害物を数用意するだけで防げてしまう。

 わざわざ出力の高い防御魔法を使う必要など無い。低燃費かつ環境に大きく依存しない土魔法で十分に対応可能なのだ。

 

「なら、こうしましょう」

 

 壁の如き石礫の射線には、幽香が浮かんでいる。

 だが彼女が軽く日傘を傾けると、その華奢な姿は風に流されるように動きだし、滑らかに回避してみせた。

 そのまま、幽香の動きは止まらない。魔力で何らかの推進力を生んでいるのだろう。日傘をさしたままの彼女は、驚くべき速度で滑空しながら私へと接近を試みる。

 

 空中の動きは素晴らしい。

 幽香はそのまま腕を掲げ――。

 

躙車前子(ニジリシャゼンシ)

 

 急降下からの、巨大な白熱が放たれた。

 こちらを押し潰さんと急速に膨らむ、圧倒的な熱の塊。純粋な力による、ひどく原始的な魔法。

 

「“月蝕”」

 

 であるからこそ、簡単に対処できるというもの。

 私の掲げた杖から発せられる輝いた闇は、初歩的な魔力による熱を奪い取って急激に自己消耗させる。

 魔力から魔素へ。生物由来だろうが月由来だろうが、術として未加工に近い力であれば全てを分解するのだ。

 

「!」

 

 それは一瞬で行われる、防御とも回避とも呼べない、強いて言えば“無力化”に近いであろう対処だった。

 幽香もこれほどまでにあっさりと攻撃を消されるとは思わなかったのだろう。彼女は少し驚いたように目を開き、動きに僅かな隙を作ったようである。

 

 それはこの距離、私の魔力管理のペースから見ても致命的と呼べるミスだ。

 ミスには報いを与えねばなるまい。次はこちらの番といこう。

 

「“砂かけ”」

「っ」

 

 私の辺りに散らばっている中でも砂と判断できる小さな粒を寄せ集め、地面より濁流として放射する。

 それは砂を用いた単純な質量攻撃だ。しかし分間六千リットルの土砂を高圧で噴射するこの魔法は、有効射程は数百メートル先にも及ぶ。

 

 幽香は咄嗟に日傘を横に構え、防御したらしい。だが“砂かけ”の圧力をもろに受けた彼女は、襲い掛かってきた時以上の速度で押し飛ばされてゆく。

 

 反応は良い。防御するだけの力もある。だがそれを繰り返していてはつまらない。

 これは魔法戦なのだ。もっともっと、魔法を使って戦おうじゃないか。

 

 場所は……ヴィナの荒れ果てた湖畔か。

 手狭なブックシェルフの上から戦闘場所を移しに移し、ここまで来てしまったか。

 だが魔人もいないし野生生物も皆無。遠慮する必要はないだろう。

 

「“天漏(あまも)り”」

 

 杖を軽く掲げ、幽香が飛んでいった方角へ軽く振り下ろす。

 

 すると、魔界の空からいくつかの輝きが、一列になって降り注いできた。

 

 いわば、流星である。

 青白く煌めく高威力の魔弾は、“霧箱”によって放たれる魔弾と同一のもの。

 それを先程私に向けて放たれた幽香の光弾と同じように、一発ずつ幽香に近づくように降らせたのである。

 

 ヴィナの脆い地面を深く貫く光弾の雨が、まっすぐ幽香のいるであろう方角へ死の点描を刻んでゆく。

 

「そう、そういうのよ。そういう魔法を見たかったの」

「お」

 

 高威力の術である。当たれば大抵のものは破壊できるし、貫通する。

 

「もっと見せなさい」

 

 だが、砂の高圧噴射から脱した幽香は、降り注いでくるその流星を正面から、日傘で弾き飛ばしてみせた。

 もっとも、楽々ではない。かなり力を込め、強引に軌道をそらす程度であったのだろう。

 

 だが彼女は確かに、空から高速で落ちてくるそれを捉え、防御してみせた。

 衣服には砂汚れがついたが、表情はより好戦的で、先程までよりもずっと力を増しているようだった。防御による大きな力の減少も見られない。

 

「タフだな」

「さあ、次よ」

 

 傘を閉じた幽香が、肉弾戦を挑むが如く私へ接近を試みる。

 獣や鳥さえ軽く超越する、昔の魔族らしい化け物じみた速度だ。

 

幽鬼灯(カスレホオズキ)

「接近戦が好きか、退屈だ」

 

 杖を向ける。距離は幾ばくもない。だが、それでも十分に射程圏内。

 

「“大いなる直線上の劈開”」

 

 土魔法、“劈開”の強化版。

 杖を差し向けた直線上の地を真っ二つに切り開き――そして、切断上にいる対象にさえも効果を及ぼす。

 川底を割れば川(面)を割る。海底を割れば海(面)を割る。

 耐性や一部妨害魔術を跳ね除けるだけの器用さはないが、単純な破壊力でいえばこれを上回る魔法もそうそう無いだろう。

 

「ぁ――」

 

 現に、幽香も割れた。右と左が分かれるように。頑丈な傘ごと真っ二つに。

 

「――それだけでいいの?」

「む」

 

 幽香は割れた。が、割れたはずの彼女は私の背後に回り込んでいた。

 

「魔力による囮、いや残像か。分析しそこねた」

「死ね」

 

 なるほど、私が両断してのけた方は幽香の生み出した影か何かだったか。

 本物はどういう力か、背後を取っていたと。

 

「……また戻された」

 

 そして私の不意を打ったつもりでいた幽香は、再び私の目の前に引き戻されている。

 傘を手に、それを振り抜いた体勢だ。後ろから殴りかかってきたのだろう。

 だが、それはあまりいい選択とは言えない。

 

「すまないね。魔力を込めた傘で殴るだけでは、私は魔法とは認めないんだ」

「あなたの定める基準に乗る意味がない。私にとってはこれも魔法よ」

 

 幽香は再び一瞬で距離を詰め、恐ろしい速度で傘を振るう。

 そこには確かに魔力が込められている。それも莫大な量だ。

 

「チッ……」

「諦めなさい。それは無作法というものだ」

 

 しかし、魔力で硬化させるだけならば低級の魔族にだって可能だ。

 それは到底、文明的と呼べるものではない。

 

 残念だがそういった物理攻撃に近しいものは“徒労”に終わってもらう。

 

「なら……」

 

 これ以上ルール違反をするようであれば、中断もやむなしか。

 そう思って、目の前で傘を構える幽香を眺めていた私だったが。

 

「これなら良いのね?」

「――」

 

 また、背後から幽香の声。

 だが、目の前には確かに未だ、幽香が立っている。

 

 いつの間に? 分身か?

 

 私が疑問に頭を傾げるその前に、

 

 

「“マスタースパーク”」

 

 これまでで最大の熱と光の奔流が、私を飲み込んだのだった。

 

 

 

 凄まじい威力である。さすがのライオネルももはや生きてはいないだろう……。

 

 

 


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