東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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「謝罪させていただこう、幽香」

 

 エンデヴィナの砕け散った山が、その抉れた断面を煌々と赤く輝かせている。

 

「どうも私は、他人の力を見誤りがちらしい」

 

 幽香は、その抉れた荒野に立っていた。

 

 手には煙を燻らせる傘が握られている。

 服は裾や袖が焦げ付き、汚れている。

 

 それでも彼女は立っていた。煙を咳と共に口から吐き出そうとも、見てくれこそ悪いが、大きな傷を負ってはいなかったのだ。

 

 なるほど。そういえば以前に夢月と幻月に“極太極光極炎レーザービーム”を撃った時も、これは有効打には成り得なかったか。

 あの時よりもずっと力を込めてはいたが、通用しないとは。

 しかし、それだからこそあの双子を退けられたのだろう。

 

「貴女にはもっと、より良い魔法を選んで撃つべきだったね」

「……」

 

 幽香は機嫌悪そうに、折りたたんだ日傘で肩を叩きながら、こちらに歩き始める。

 口の中にまだ煤けたものが残っていたのだろう。彼女は路傍へ唾を吐き捨て、それは瞬時に小さな音とともに蒸発した。

 

「まだ闘えるわ」

「そのようだ。見た目よりはずっと平気なのだろう」

「ええ。だから油断はしないことね」

 

 先程の一撃は、日傘によって防がれたらしい。

 ある程度の距離を稼いで威力を減衰し、防御も出来た。受け流すことも適ったのだろう。いや、更に広範囲を守るための魔法も併用したはずだ。威力の減衰は、主にその防御魔法によって成されたとみるべきか。

 だからこそ幽香は軽傷で済んでいるのである。

 

 だが……あの日傘。

 仮に先程のレーザーが防御なしに直撃していたとしても、きっと幽香を消滅させるには至らなかっただろうな。

 彼女の内に秘められた力はきっと、その程度で尽きるものではないはずだ。

 

「まるで自分の体で耐久試験でもしているかのようだな」

「……」

 

 そして、彼女はその膨大に抱え込んだ力の運用に思い悩んでいる。

 持て余していると言う方が近いか。

 いや、どちらにせよ的外れでも無いのだろう。……が。

 

「私は、個人の心情を考察するのがとても苦手でね。まあ、これは長生きだからというわけではなく、ずっとずっと昔からそうなのだが」

 

 再び杖を差し向け、地面に突き立てる。

 木製の石突は岩地を砕き、深く埋まり込んだ。

 

「貴女が何を求めて私に闘いを挑んでいるのかは知らない。きっと、貴女自身が語らない限りは気付けないことなのだと思う。それくらい私は察しが悪くて、気が利かないんだ。だから――」

 

 “魔力の対流”。

 辺りに立ち込める魔力をかき集め、私の所有物とする。

 見えざる力の風が吹き、地面に突き立てられた杖は魔力干渉を受けて紫色にぼんやりと輝き始める。

 

「だから、貴女がいつまでも闘いを要求するのであれば。貴女が諦めないのであれば。私はきっと、貴女が死ぬまで魔法を放ち続けるだろう」

 

 力量差は幽香も理解しているはずだ。

 それでも尚、彼女は頑なに立ち向かってくる。

 まだ終わってはいないのだと。終わりは“諦めた時だけ”なのだと言いたげに。

 

 その不屈の闘志は、しかし私の魔法を前にしては、いつか必ず瓦解するだろう。

 既に引き際は通り過ぎている。ならば、彼女はどこまで挑もうというのか……。

 

「――何を言い出すかと思えば、くだらない」

 

 幽香が嗤った。

 

「私は、あなたと本気の闘いを挑みに来たの。それはまだまだ、始まってすらいないでしょう?」

 

 “魔力の対流”の圏外に揺蕩う魔力を、幽香が操り、巻き取り始めた。

 そう速いものではない。不慣れではないが、こうしたちょっとした魔力の拾い集めだけでも優劣は歴然としたものがある。

 それは腕に覚えのある彼女自身が、よく理解しているはずだ。それでも。

 

「闘いなさい。もっと本気で、かかってきなさい。私はさっきの光線を、防ぎきってみせたはずよ。ならば私には、あれよりもずっと強い魔法に挑む権利があるはず」

「……ふむ」

「見せなさいよ」

 

 幽香は傘の先で乱暴に地面を叩き、腕を広げた。

 

「私に教えてみなさいよ、ライオネル! ブックシェルフに溢れ返った、あの本のように! 私達のいた世界がちっぽけだと嘲笑う、あの宵闇のように不透明な理論で! この私を貫いて、殺しなさいよッ!」

「――」

 

 幽香は、猛っていた。

 怒り、闘志を剥き出しにしていた。

 

 燃えるように赤く煌めくその目は、まっすぐに私を見つめている。

 

 まるで、いつか出会ったあの時の、メルランのように。

 

「……そうか。幽香。貴女は本当に、私に挑みに来たんだね」

 

 “魔力の対流”の流れを制御。魔力を上へ。杖を基点に渦巻かせ、上空へ。

 

「私の魔法に挑み、全力でぶち当たりたかったんだな」

 

 魔力よ渦巻け。凝集せよ。

 

「耐久試験などと言って悪かった。競りをするように、段階的に試すように闘ったのも謝るよ」

 

 地面に突き刺さった杖が独りでに抜け、宙に浮かぶ。

 紫色に輝く魔法媒体はゆっくりと上昇を続け、球状に吹き荒れる魔力の中心へと吸い込まれた。

 

「お詫びに……これをあげよう。きっと、貴女は満足するはずだ」

 

 “虹色の書”火属性最上級魔法。

 

 周辺被害を最小限に留めるため、範囲を局所的に絞り、調整。

 しかし、威力はそのままに。

 

「――……太陽」

 

 宙に浮かぶのは、擬似的に生み出された恒星の如き球体の輝き。

 熱と炎を司る純粋な魔法としての究極系。

 

 願わくばこの魔法が、貴女の苦悩を断ち切らんことを。

 

「“旭日砲”」

 

 全てを真っ白に染め上げる熱源が、地面に叩きつけられた。

 

 融解と蒸発、そして自然発火の余波は空間を走り、荒廃したエンデヴィナの大半を眩しい炎で包み込んでゆく。

 

 山も丘もその姿を消し、荒れ地は融けて一つになる。

 圧倒的な熱による破壊。杖一本分の質量によるエネルギーの暴虐。

 

 

 

「……ふう。久々に使った」

 

 後に残ったのは、燃え続けるエンデヴィナの大地。

 

「……」

 

 幽香はその荒れ果てた大地に刻まれた巨大クレーターの中心で、無残な姿で横たわっている。

 脚と片腕を失い、全身に無残な大やけどを残して……それでも、彼女は原型を留め、ほぼ全壊した日傘を片手にしっかりと持ったまま、確かに生きていたのだった。

 

「……人も魔族も、私の予想を容易く超えてゆくものだね」

 

 目を閉じ、眠るように気絶した幽香を見て、私はそう零さざるを得なかった。

 

「本当に偉大だよ。生き物というのは」

 

 

 


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