東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 予想通り、どうやらここでは荏胡麻を多く栽培しているようだ。

 荏胡麻は胡麻とはいうものの、シソ科の植物である。栽培は比較的楽で、こうして眺めているだけでも斜面などにも平気で植えられているようだった。……いや、あれは種が飛んで勝手に生えてきたものだろうか。

 どうも、わりと雑な育て方をしているらしい。

 

 とはいえ、独特の香りや成分が害獣を寄せ付けない効果を持っているので、過剰な柵を設ける必要もないのだろう。

 ちょっとした手入れと収穫だけで成り立つこの植物は、現在の日本人にとって都合のいい植物であるようだった。

 イノシシとかに突っ込んで来られたらたまったもんじゃないしね。そういった害獣除けとしても、利用されているのかもしれない。

 

 

 

「わあ、すごい顔ー」

「変などくろだー」

 

 荏胡麻畑の近くを歩いていると、貧しそうな身なりの子どもたちが私を見て群がってきた。

 好奇心旺盛だ。身なりは薄汚れているが、目はキラキラと輝いている。

 

 なんだろう。こうして誰かに初対面から親しまれるって、すごい久々な気がするぞ。

 人間相手には初めてのことかもしれぬ。

 

 ……これも、時代か?

 これならいけるか?

 

「やあ、みんな……」

「きゃー! 声こわいー!」

「にげろー!」

 

 私が一声かけただけで、子どもたちは蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。

 

「あ……あ……」

 

 取り残されたのは、どこぞのカオナシみたいな声を上げながら右手を虚空に伸ばす私だけ。

 

「……やはりまだまだ、この時代の人間は野蛮人ばかりということだな」

 

 つまり何も気にする必要は無いのである。

 

 ……なにやってるんだか。

 さっさと棍棒の書を探すとしよう。

 

 

 

「ふーむ。やはり山の方にあるようだが」

 

 “司書の手帳”を見るに、魔導書は山にあるらしい。

 が、見上げても山の方に人の気配は見られない。霊山といえば霊山なので、魔力は豊富だ。ひょっとすると魔導書は置き去りにされたまま、山中にぽつんとあるだけなのやもしれぬ……。

 

「人里はこっち側だよなぁ」

 

 山にはほとんど気配がない。せいぜい田畑がちらほらある程度か。

 人々の信仰の気配が山から立ち上っているように見えるので、何らかの信仰はあるようなのだが、それでも定住者は限りなく少ないだろう。

 それよりは人の気配は麓に多く、寺社もあることからそこそこ“坊さん”という情報とも合致するように思えた。

 

 しかし、魔法使いの暮らす集落……と呼ぶには、普通すぎる。

 牧歌的で、どこにでもあるようなのどかな土地だ。

 人々も畑に出て雑草を刈り取るなどして精力的に働いているし、何の変哲もない人里にしか見えない。

 

 うーむ……魔導書が山に置き去りにされているだけのパターンかなぁ、これは……。

 

「うん?」

 

 なんてことを考えながら歩いていると、空から何かが飛んでくるのが見えた。

 鳥か? ドラゴンか? なんて見間違えるようなシルエットではない。一瞬だけ凧か? とも思ったが、どうもそんな感じでもない。

 

 その飛来物は、ゆっくりと空を飛びながら、私の視界を横切るように山の方へと飛んでゆく……。

 

「小屋だ」

 

 それは小屋であった。

 あるいは倉庫か何かかもしれない。

 

 校倉造の明らかに建築物であろうそれが、ふわふわと空を飛んでいたのである。

 

「なんで小屋だ?」

 

 明らかに魔法だ。あるいはそれに類する何かであろう。もしくはそれを行使できる神族か魔族か。

 いやそれは別に良いのだ。この際原理はどうでもいい。なんで小屋が空を飛ぶのかがすごく気になる。

 

「おー、蔵が飛んどるな」

「飛んどる飛んどる。おや、底にあるの、ありゃ托鉢じゃないか。てことは、また命蓮(みょうれん)殿かのぅ」

 

 私が山の方へ飛び去ってゆくシュールな小屋を見送っていると、近くの荏胡麻畑で作業していたらしい老人たちの会話が聞こえてきた。

 

「命蓮?」

「うわ、なんじゃ、誰ぞおったのか」

「珍妙な被り物しとるの」

「ああ、突然すみませんね。旅の……道具屋でして」

 

 私がそこそこ丁寧に説明しつつ頭を下げると、老人たちは子供らよりかは肝が据わっているのか、大して荒立てようともせず、“まぁいいか”というように頷き合った。

 

「命蓮殿……とは一体?」

「なんだ知らんのか。むこうの、ほれ。信貴山で修行しとる坊さんのことよ。山の上にいるんじゃがな、あの托鉢を法力で動かしておるわけよ」

「ほー? 托鉢を魔法で……」

 

 托鉢。

 それはあれだ。うろ覚えなのだが、お坊さんが鉢をもって乞食のように食べ物恵んでくれってやる行為を指していたはずである。

 もちろんこれはただ食べ物を求めているわけではなく、立派な僧侶になるための修行の一環だ。食料や物資をお供えする側も徳を積めるとかなんとか。

 テレビでやっていた、オレンジ色の袈裟を纏ったお坊さんの行列を思い出す。懐かしいな。今でも探せばいるのかもしれない。

 

 ……しかし、それを魔法で行おうというのはなかなか斬新だ。それは修行になるのだろうか……。

 

「命蓮殿はずっと山に篭りきりでなぁ。しかし法力で托鉢だけはしっかりとやるものだから……ここだけの話、偉い人からは疎まれとるんじゃ」

「感じが悪いと」

「そんなとこじゃ」

「わしらはそこまで気にしとらんがな。身なりの良い役人や長者から財を掠め取られるよりは、山暮らしの貧しい若者にくれてやったほうが、ずっと得心がいくというものよ」

 

 そんなことを言って笑いながら、老人らは鎌のような農具で荏胡麻を刈り取ってゆく。

 ……どうやらお坊さんの悪い噂というのは、一部に限った話であるようだ。

 

 空飛ぶ托鉢。命蓮(みょうれん)

 なんとも奇妙なお坊さんだが、あらゆる人に嫌われているわけではないらしい。

 

「おっと、噂をすれば。托鉢がこっちきたぞ」

 

 老人が山の方を指差して、何が面白いのか半笑いでそうはしゃいでいる。

 そちらに目を向けてみると、なるほど確かに鉢らしきものがこちらに飛んでくるようであった。

 

「ははは、旅の方よ。命蓮殿の托鉢からは逃げられんぞ。せっかくじゃ、何でも良いから供え物でもしてみるといい」

「法力で飛んでゆく鉢を眺めると、徳を積んだ気持ちになれるぞ」

「ふむ」

 

 どうもこの付近では、このドローンじみた托鉢が名物になっているようだ。

 なるほど。であればせっかくだし、私も何かお供え物をしてみるか。

 

「どれどれ、じゃあ……そうだな……これなんか良いかな」

 

 私は木箱から塩ゆでした枝豆のお皿を取り出すと、それをそっと鉢の上に置いた。

 

「なんじゃそれは」

「豆か?」

「うむ。どこかで酒と一緒に食べようと思ったのだが、供えるなら食べ物の方が良いかと思ってね」

 

 ビールと一緒につまもうかと思って木箱に突っ込んだのだが、そこまで絶対食べたいというものでもなかったので、枝豆には私の徳とやらになってもらうとしよう。

 

「おー、本当だ。飛んでいった」

 

 枝豆を乗せた托鉢はふわりと浮かび、再び山を目指して飛んでゆく。

 空飛ぶ鉢に、空飛ぶ枝豆。

 

 ……シュールだ……。

 

「はっはっは、まぁよくわからん豆とはいえ、少しは命蓮殿の腹を満たすじゃろうて」

「良い事したの、旅の方」

 

 和やかに笑いながら農作業する老人と、遠くに消えて見えなくなった私の枝豆。

 

「うーむ、既に土産話ができてしまったな……」

 

 なんとなくではあるのだが。

 今回の日本旅行は、退屈せずに済みそうな気がしてきたぞ。

 

 

 


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