「“剛体”」
魔術を発動し、特殊な呪いによって全身を包み込む。
効果はすぐさま現れ、私は万全な力の膜によって保護された。
「“破砕の拳”」
で、攻撃魔術によって立ち枯れた木の幹を軽く殴りつける。
すると枯れ木の殴った部分から網の目状に亀裂が広がってゆき、全体を満遍なく“破壊”した。
しかし、問題はここからだ。このままではただ強くなっただけ。それだけではあまりにも芸がない。
「“大いなる絶対の手刀”」
今にも全体が崩れ落ちそうな枯れ木に、次はすばやく手刀を繰り出した。
対象を袈裟斬りにする、何ら特徴の無いごく普通の手刀だ。
しかし私の手刀は立ち枯れてバラバラになったはずの木をしっかり斜めに切断し、そのままの姿で斜面へと倒し、転がした。
やや遅れてから、分かたれた枯れ木が幾千の破片となって崩れ落ちる。
強かろう。何にも傷つくことのない保護魔法。
万物を破砕する攻撃魔法。
そして相手がどのような状態であろうと必ず斬る特殊攻撃魔法。
これさえあればどんな相手だろうと接近戦で負けることはないだろう。
堅牢な防御を取り扱う魔法使いだってイチコロさ。
これが私の見出した強化魔法の答えだ。
「なんか違うな」
「違うか」
命蓮からダメ出しされてしまった。やはりか。
「この三つを見ただけだから私にはなんとも言い難い部分もあるがな。そもそも、どれも器用すぎはせんか。強化とやらはそんなに難しいものなのかね」
「うーむ……一応、どれも強化の範疇なのだが」
枯れ木全体を砕いたのも強化威力を隅々まで伝えるものだし、手刀だって相手を無理やり強化して不全状態にした上で強制的に切断するというものである。何ら特殊なものは使っていないはずだが……。
「五年前からずっと思ってたことだがなぁ。石塚殿はいちいち難しく考えすぎなのだ。もっとわかりやすーくできんのか」
「何度も聞いた気がする言葉だ……」
「そうだろう、そうだろう。そこがいかんのだ。世の中そう難しいことばかりで回ってはいないぞ?」
命蓮は粉々に分かれた枯れ木を籠に放り込みながら、得意げに語る。
「私がこの信貴山と朝護孫子寺を任されたのも、帝を助けたという非常にわかりやすい結果を示したからだ。ただ読経し、下々の寺社勢力に媚を売っていただけでは決してこうはならんかったはずだ」
「ふむ……命蓮も苦労したのだなぁ」
「苦労の連続だとも。まぁ、私自身面倒なやり方が気に入らないので、このような身分になったとも言えるのだがね」
木片の詰まった籠を背負い、命蓮は立ち上がる。
この細かな木々は、きっと燃料にでもするのだろう。細かいがよく枯れた木なので、着火は楽にできるはずだ。
「石塚殿、人にその魔法とやらを広めたいのであれば、明瞭かつ派手であるべきだ」
「明瞭かつ派手、ねえ」
「そんな魔法を作っておるのだろうよ? ならばそうあるべきだろうさ。鬼のように理不尽なまでに強く、豪快でなくてはな」
鬼かぁ。鬼ねぇ。
「鬼ってそんな強くないんじゃないの」
「はああ? 何を言っとるのかこの骸骨は」
「いやいや。だってあれでしょ、鬼って虎の毛皮を腰に巻いたゴブリンみたいなもんでしょ。猿と犬と雉にやっつけられる」
「どんな化物動物共だそれは。いやいや、石塚殿。ごぶりんというのは知らんが、おそらくそれは失礼な喩えに違いあるまい。お主の見識はさすがに間違っているぞ。鬼というのはな、そんなに生易しいものではないのだ」
ふむ? 命蓮がここまできっぱりと言うということは、余程だな。
やはり私の偏見が間違っていたのか。
しかし私にとって鬼というと、桃太郎とか泣いた赤鬼とかそこらへんになるからなぁ。
「いいか、鬼というのは妖怪の中でも最も恐ろしいといわれる存在なのだ。私も直接見たことはないが……聞くところによれば、拳の一発で大地をえぐり、山を崩すのだという」
「私のイメージしていた鬼とだいぶ違う」
想像の中で桃太郎が一瞬でミンチになってしまったぞ。
「いや、これは間違ってもいないことだろうよ。なにせ鬼というのは、あの恐ろしき天狗を従えていると聞く。空を統べる天狗さえ下すのだ。妖怪の間でも恐ろしく思われているに違いあるまい」
「へえ、天狗を」
天狗であれば見たことがある。修験道に勤しんでいた人々が天狗になるケースもあるし、山で色々やっていれば必然的に目にすることもある存在だ。
彼ら彼女らは知恵もある上、なかなか動きが素早いために、妖怪の中でも器用にやっていく存在かと思っていたが……そうか、鬼はそれすら越えるか。意外だ。
「……まぁ、おそらく石塚殿であれば問題はあるまい。鬼は確かに恐ろしいだろうが、お主ならばどうにでもやっていけそうな気がするよ」
「うん、まあね」
「しかし鬼は理不尽に奪う者だ。難癖付けて絡むこともあるし、極めて好戦的な妖怪らしい。面倒事を嫌うのであれば、避けておくのが一番だぞ」
命蓮は心から私の身を案じてくれているようだった。
人から心配されるというのも、なかなか悪くないものだ。
「うむ。じゃあちょっとその鬼に会って力強さというものを学んでくるとしようか」
「おい石塚殿、私の話聞いてたか?」
「魔法の参考になるかもしれない」
「ああ、そうか。魔法の話になってしまったか。ならばもう止まらんのだろうな」
「いい話を聞かせてもらったよ。ありがとう、命蓮」
「礼などいらぬわ」
力強き妖怪、鬼。
なるほど、確かにそんな妖怪であれば、面白い技の一つや二つは持っているかもしれない。ちょっとばかし参考にするため、鬼に会ってみるのも悪くはないだろう。
私のイメージとはまるきり異なる命蓮の話にも興味が湧いた。
近々、この信貴山を離れて鬼探しをしてみるか。
「ところで石塚殿、虎の毛皮というのはどんなものなのだ?」
「うん? ああ、そういえば虎は日本にいなかったね。ええと、まぁだいたいこんな感じでね……」
「ほうほう。……随分と悪趣味な腰巻きだな!」
「……確かに」
鬼か。
果たしてそんなどこにでもいそうな感じの妖怪が、私に強い力を見せてくれるのだろうか。