東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 結果から言うと、看板は壊れなかった。

 

 違うな。壊れはするがすぐに元に戻ってしまう。

 どこぞの伊吹のような妖術かとも思ったが、再生力はそれを遥かに凌ぐ上に、際限がないように思える。殴っても蹴っても変わらない。まるで空気のような手応えだった。

 

「姐さんでも駄目なのか……」

「誰が作りやがったんだこんなもん。ぶっ殺してやる」

 

 鬼どもは息巻いてるが、一暴れして私は少し冷静になれた。

 とりあえずは、看板を読んでやらにゃどうにもならんよなと。

 

「……ぁあん?」

 

 しかし看板に書いてあることもまた珍奇なものだった。

 

 

 

 “魔法の道場、カードリング”

 

 “本日から明日の日没まで開催中”

 

 “この穴の下層に訪れた方には、ゴーレムとの勝ち抜き戦に挑戦していただきます”

 

 “成績優秀者にはプレゼントがあります”

 

 “奮ってご参加下さい”

 

 

 

「おい、このアホみたいなモン書いていった奴はどこだい?」

「それがわからないんすよねえ」

 

 舐めやがって。居場所がわかればすぐさまこの壊れない看板を持って殴り殺しにいってやるものを。

 

「……で、誰かここに降りていった奴はいるのかい」

「いや、いねえんじゃないですかねえ。それよか犬も俺らも、犯人探しで息巻いてるところですわ」

 

 ま、そうなるか。私としてもそうだしね。

 しかし私達や天狗共を出し抜いた上でここまで大規模なものを展開し、意味不明な壊れない看板まで置いていくような奴だ。間違いなくまともな奴ではないだろう。

 見つかることはない。私は、なんとなくだがそう考えた。

 

「となりゃ、やるこた一つだ」

「姐さん? まさか……おいおい、本気かい」

「本気も本気さ」

 

 私は穴の前に立ち、肩を鳴らした。

 

「この下は真っ暗で、どうなっているのかもさっぱりわかんねえんだぞ?」

「知ったことか。気に入らないものなら、全部ぶん殴ってやるさ」

 

 少なくとも今の私は無性に苛立っているのだ。

 中で何者かが待ち構えているならそれも良し。全てをぶち殺して看板の上にでも晒してやる。

 

 私は穴の中へと飛び込んだ。

 

「深いねえ」

 

 大穴は、深い。飛び降りてから数秒落下しているが、未だ地に落ちる感覚はない。

 一瞬だけ上を見やったが、確かに落ちている。上は遠ざかっているにも関わらず、下まで届いてはいないのだ。

 

 人間にはできない芸当だ。

 ならば妖怪か? それにしたって、これほどの大穴が天狗に発見されるまでの間は、かなり短いはずだ。

 短時間でこれほどの長い穴を作るとなると……。

 

「おっ」

 

 そう思ったが、急に辺りが明るくなりだした。

 真っ暗闇だった周囲が白みを帯び始め、落下速度も次第に緩慢になってゆく。

 

「こいつは不気味だが、面白いな」

 

 そうして私は、無数の蜘蛛の巣に絡め取られたかのような速度で最下層に着地した。

 床は白。そして辺りも、同様に光を帯びたように真っ白だった。

 この不気味なまでに白で統一された空間は無限のような広がりをみせ、目を凝らしても果てまでずっと続いているかのように見える。

 

 ……さすがにこの空間に閉じ込められたってんなら、気が滅入るぞ。

 私は飛び込んだことを後悔しかけたが、すぐにその心配が無用であることを知る。

 

『ようこそ、挑戦者の方』

 

 白ばかりの空虚な世界に、唐突に一体の骨が現れた。

 黒っぽい身体の、むき出しの人骨である。

 

「誰だい、アンタは」

『私はこのカードリングの受付を担当するリッチモンドと申します』

 

 どうぞお見知りおきを。そんなバカ丁寧な口上で名乗り、骸骨は頭を下げた。

 

『挑戦者の方々はここカードリングにて、ゴーレムとの連戦ができます』

「大穴はてめえの仕業かい?」

『その質問にお答えするには、挑戦者の方のお名前をお聞きする必要があります』

 

 名乗れと来たか。まぁ道理だな。向こうも名乗っている。

 

「私は星熊勇儀(ほしくまゆうぎ)。大江山を統べる者だ。どういう意味かわかってるね?」

『星熊勇儀で挑戦者様のお名前を登録致しました。質問にお答えしましょう。私にはその意味がわかりかねます』

「舐めンなってことだよ」

 

 私は一歩踏み込んで、真っ白な床を踏み砕いた。

 クモの巣状に広がる亀裂はリッチモンドとかいう骸骨の足元をも巻き込み、移動を完全に阻害する。

 

「解ったならくたばれ」

 

 その一歩から、一気に距離を詰めて殴る。

 動けない相手への力を込めた一撃。当然、私の拳は奴を……いや、なんだこの手応えは。

 

「……また、あの看板と同じか」

『星熊勇儀様、挑戦はまだ開始されていません。魔力を浪費しないでください』

 

 呆れるばかりだが、私の拳は骸骨を吹き飛ばしはしたが、即座にその場に修復するだけだった。

 確かに破片は遠くまでぶっ飛んでいったはずだが……厄介な相手かもしれん。

 

『星熊勇儀様、挑戦を行いながらこのカードリングの説明を聞くことも可能です。戦闘を開始しつつ私の話を聞きますか?』

「ぁあ? ……戦いながら話か。余裕だなアンタ。かかってこいよ」

 

 向こうの淡々とした声に向かって挑発すると、リッチモンドは途端に目を赤く発光させた。

 

『“カードリング”への挑戦が開始されました。最終戦突破を目指し、是非頑張って下さい』

「はっ、言われなくても――」

『第一形態“ロードエメス”』

 

 次の瞬間、リッチモンドは土を纏った大柄な姿に見た目を変えた。

 周囲から土を巻き込んで巨大化した? 詳しくはわからんが、その鎧のような外観、そしてすぐさまこちらへ踏み出そうとする姿から、戦意旺盛なのは間違いなかった。

 

『挑戦者は肉体を強化する魔法の使用が推奨されており、魔法接近戦闘にはスコアのボーナスがつきま――』

「死ねおらァッ!」

 

 力づくで黙らせる。語る暇は与えない。即座に顔面から拳を突き入れ、鎧そのものをぶち壊してやった。

 当然、ぐしゃぐしゃになった破片は遠くへ飛んでゆく。

 

「これで終わりじゃないよなぁ?」

『――す。ロードエメス1ポイント。強力な魔力打撃による圧壊ボーナス100ポイント。ノーヒントボーナス100ポイント。……ポイントを稼ぐことによって、最終スコアを伸ばすことが可能です』

「生きてるか。タフだな」

 

 リッチモンドらしき鎧は機敏な動きで起き上がり、バラバラと床に落ちる外装も気にせずに、またこちらへと歩き始めた。

 そのわずかな間にも、白い地面からは赤茶けた土が出現し、リッチモンドの鎧を更に大きくさせながら修復してゆく。

 

『第二形態“ロードエメス・アダマン”』

「……なるほどな。なんとなく、わかってきたよ」

『挑戦前に弱点と攻略のヒントをお伝えできます。お聞きしますか?』

「てめぇが私を馬鹿にしてるってことはなァ!」

 

 何もない白い空間で、私と人形の殺し合いが始まった。

 

 

 


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