鬼の戦闘データが集まった。
データの傾向としては、特にこちらから指示を出していないにも関わらず近接戦闘ばかりが集まってくれたので、なかなか目的に合致した収穫だったと言えよう。
データの収集は専用の異界施設を構築し、そこへ鬼を呼び込むことで戦闘テストを行った。
仮想敵は全てゴーレム。ロードエメスなどの作業用から始まる、勝ち抜き形式のテストだ。
戦闘場の広さは実質無限なので、鬼たちにはのびのびと暴れていただいた。
参加者はこの不毛な戦いをそこそこ楽しんでいたようだったので、ギブアンドテイクに近い関係を築けていたのではないだろうか。
履歴を見るに、最高得点者には前にクベーラから貰った酒器が贈られたようである。
一時期大量に輸入していた神族由来の交易品の一つだ。私が作るものとはまた違った趣があるので、贈られた鬼も気に入っているのではないだろうか。
名前は星熊勇儀といったか。いきなり最後の方のゴーレムと戦い始めて即敗北するというなんだか面白いことをしていたが、なんだかんだ“血も涙も亡き魔法兵”が最初に繰り出した“逃れ得ぬ大いなる宵闇”をコンマ三秒耐えたのは凄いと思った。ステージスキップせずちゃんとやってればあと2、3ステージはいけてたんじゃないかなあの人。
「ふむふむ……地形に干渉する技が多いなぁ」
得られたデータは一冊の本となって、手元に残る。
記されているのは数々の戦闘データと、その統計だ。
この時代の妖怪であるにも関わらず、鬼たちのうち突出した一体は離岩竜の最初の方にまで食い込んでいた。戦い方も随分ダイナミックなうえ、動きも良い。しかし人間が魔法でこのパフォーマンスを発揮できるかというと多分無理だろう。少なくともあまりお手軽ではない。種族特有の肉体ありきというのは魔法としては不適格だ。細身の少女でも扱えなければ魔法とは言えぬ。
データの中には地面を一撃の足踏みで破砕して相手を行動不能にする荒業もあったが、これを魔法で再現しようとするとワンチャン術者も地割れに巻き込まれてお陀仏してしまうので、まるまるパクることはできないだろう。
しかし、どの技も派手で見栄えはいいので、なるほど。たしかにこういった見た目を重視した魔法であれば、人の心をつかめるかもしれぬ。
「地形依存の技が多いのはちと気になるけども、まぁ地面のない状況なんてそうはないだろうし……気にしなくてもいいか。ゴーレムだって似たようなものだし」
基本的には地面を砕いて投げる、地面を砕いて巻き込むといった、地面ありきの技が多かった。
いや、実際はもっと障害物をうまく活用した戦い方をするのかもしれない。周りが更地で何も無いからこそ、地面を破砕してから弾を用意しているのやも。
……だとすると、ちょっとステージの前提が味気なさすぎたか。
失敗したな……もっと起伏やオブジェクトを配置するべきだった。これよりも良いデータが取れたかもしれない……ううむ。
……いや、だが地面はともかく障害物ありきというのはいかんな。
魔法使いたるもの、どんな場所でも十全に戦えるようでなければ。
もっと過激なこと言えば地面は甘えだ。浮け。そして風を手繰れ。魔力さえあればそれだけで完璧に戦えてこそ……。
ゲフンゲフン。違う違う。今はそうではない。
今はわかりやすい強化魔法を探求しているのだ。私の美学はもうちょっと奥の方に置いておくべきだろう……。
ううむ、しかし歯がゆいものだ。
もうちょっとこう、効率よく……魔法っぽい魔法が好みではあるんだけどな……うううん……。
色々と思い悩むところはあったものの、集まったデータを元にした魔法の作成は捗っている。
人気のない森で樹木を相手にわちゃわちゃと魔法を試しながらの確認作業だ。殴って書いて蹴って書いての繰り返しである。時々鹿をはっ倒して鹿肉のステーキを作ったりもする。
鹿肉のスモークを命蓮のおみやげにしようと思ったが、彼が敬虔な仏教徒であることに気づいたのは燻製肉が完成してからであった。仕方がないので後ろ足の肉は神綺宛に配送してやった。
他の部位は森に潜んでいた妖怪達が匂いにつられてか、物欲しそうな顔で見ていたのでくれてやった。ただしヒレ肉は私のものである。
「ふーむ、人受けする魔法というのもまた難しいものだ……」
「おいおい、焼きすぎだべ。自分で食う分ならしっかり火加減見とけー」
「おっとっと、ありがとう」
「ふん。この程度、皮鞣しの駄賃にもならんべ」
まだまだ実践が必要な現状、信貴山に戻って森林破壊をするわけにもいかない。
私はもうしばらくの間、この辺境の山にて改稿と実践を繰り返すのだった。