東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 色々と世話を焼いてくれた親切な山妖怪に肉をおすそわけし、新技のまとめも完了した。

 良いところで区切りもついたので、忘れないうちに信貴山へ戻ろうかと思う。

 

「また知らない間に命蓮に死なれてはガッカリだしね」

 

 勘違いしてほしくはないのだが、こう見えて私は毎日の単純作業に向いている人間なのだ。

 小さな頃は朝顔の観察は毎日欠かさなかったし、夏休みの日記だってバカ正直に毎日ちゃんとつけていた。

 働いていた頃も細々とした雑用をこなしていたのは私だし……いや、あれはただ面倒なものを押し付けられていただけか。

 

 とにかく、私はマメな性格なのである。これだけははっきりと真実を伝えたかった。

 

 

 

 小旅行を終えた私は、そのままの足で信貴山……に戻ろうかと思ったのだが、せっかくなので麓をもう少し観光することにした。

 なに、そう何年もぶらつくわけではない。ちょっとした寄り道のようなものである。

 命蓮もそろそろいい歳ではあるが、まだまだ死ぬには早すぎる。

 ……楽観視しているわけではない。あれほど清貧な暮らしをしていれば生活習慣病にかかることなどありえないし、命蓮の持つ魔力があればそこらの妖怪は簡単に追っ払える。

 以前は遠隔で病気の治癒なども行っていたらしいし、彼はまだまだ長生きするだろう。

 

 今、彼は五十くらいになっただろうか。

 若々しく見えるし、坊主なりに食うものは食ってるので、この時代の平均寿命に従って朽ち果てることはないはずだ。

 

「やっぱり奈良の土産物はあったほうが良いよなぁ」

 

 むしろ、命蓮にとって厳しくなるのはこれから十年、二十年後だろう。そうなれば足腰も弱ってくる。今でこそ自在に山を歩くことができているが、もうちょっとすれば下山することも厳しくなるに違いない。

 彼の老後を見据えたプレゼントこそ、喜ばれるはず。

 

 庶民派魔法について色々とアドバイスをもらっているのだ。

 せっかくだし、幾つかありがたみのありそうなものを選んで買っていってやるとしよう。

 

「さて、となると大事なのはどんなものがありがたいのか……さすがの私も新興宗教には詳しくないしな」

 

 未来がどうであれ、真言宗はこの時代における新興宗教と言っても過言ではないだろう。

 そもそも少し前だって蘇我と物部が国教を巡って争っていたのだ。

 まだまだ歴史は浅いし、それを私が把握しているはずもない。

 

「プロに聞いてみるか」

 

 というわけで、私は木箱の中から一通の便箋を取り出した。

 

「クベーラ宛、と」

 

 便箋に名前を書き記し、魔力を込める。

 

「ふっ」

 

 そしてそれに魔法的な息を吹きかけ、一瞬で燃やし、灰に変えた。

 灰はゆらゆらと渦巻きながら空へと立ち上ってゆき、霞むように空へと消えてゆく。

 

 その状態で暫し、近くの草むらでバッタ観察などして待つこと十分ほど。

 近くの場所に異常な魔力を検知した。

 空間が歪んでいるのだろう。私の手紙に応え、彼がやってきた証拠だ。

 

「おいおい、何事だ。ライオネルよ」

「やあ、クベーラ」

 

 現れたのはクベーラだった。

 相変わらずのいかつい顔に、毘沙門天のコスプレでもしているかのような奇抜な格好である。これがコスプレではなくて本家だというのだからなおさら驚きなのだが、だからこそ私は彼に用があった。

 

「いきなり現在地の書かれた手紙が舞い降りたものだから驚いたぞ。ここは大和のようだが……何かあったのか?」

 

 彼は槍を片手に辺りを見回しているが、まぁそんな物騒な用でもないから安心すると良い。

 

「実はクベーラに聞きたいことがあってね」

「俺にか? そういった用件は珍しいな……果たしてお前は何を知りたいのか」

「うむ。実は真言宗の仏具で贈られたら嬉しいものは何かなと思ってね」

「は?」

 

 クベーラが一瞬だけ、片手に持った宝塔を落としそうになっていた。

 そんなに呆気にとられたのか。

 

「……いや。お前。それだけか」

「うん」

「……目的を聞こう。何故そのようなことを?」

「いやね、知り合いのお坊さんがいてね。信貴山にいる命蓮って人なんだけども」

「ああ、もちろん知っている。奴がどうかしたか?」

「彼への贈り物に何が良いかなーと迷っていたところなんだ。この辺りで買おうと思ってるんだけど、私は仏具に詳しくないものだから、詳しい人に聞けば確実だろうなと」

「……俺に聞くなよ……」

 

 クベーラは随分と呆れた風だった。

 うん。まあね、これってつまり敬虔なキリスト教徒のためにキリストさんに直接会って信者が欲しそうな物を訊くようなもんだしね。わかるよ、変なことしてるっていうのは。

 でも仕方がないだろう、私にとって一番気安く聞けるのがクベーラ本人なんだから。

 

「まぁ……そうだなぁ。奴が求めていそうな仏具か……いや、何故俺が信者のためを考えねばならん……?」

「まあまあそう言わず。仏具が市場で売れるのは胴元としても良い傾向でしょ」

「胴元と言ってくれるな。……まぁ間違ってもいないがな。ふむ。……そうだな、強いて言うならば供物台が欲しいところだな」

「供物台」

 

 とはなんだろうか。

 あー……いや、あの篝台のようなやつだったかな。

 

「わからぬならばその手の者らに聞くが良いさ。客相手ならば喜んで教えるだろうよ。俺からしてみれば直接得にならない魔除けの香なんぞよりも、直に貢物や信仰が捧げられる台座が増えてくれたほうが力の増強に繋がるし、ありがたく思う」

「なるほど道理だ。わかったよ、供物台を買うことにする。ありがとう、参考になった」

「なに、お安い御用だ。ほとんど俺自身のためのようなところもあるしな。ハッハッハ」

 

 クベーラは豪快に笑った。そこそこ上機嫌のようである。

 わざわざ来てもらって手間をかけさせたが、信者のためともなれば悪い気はしないらしい。

 

 私は魔法と魔界を重要視し、彼は仏教の布教を重要視する。

 お互いの目的はあまり重なることはないが、だからこそ互いにほとんど摩擦を起こすことはなかったので、今日まで平穏な関係を築けている。

 これからもこうして些細な連絡や話し合いができる程の間柄を壊さぬよう、仲良くやっていきたいものだ。

 

「そうだ、ライオネルよ。せっかく仏具を買うのであれば、人間どもが建立した大仏を見ていくと良いぞ。なかなか味があって、悪いものじゃない」

「ああ、もちろんだとも。仏教の街だからね。少しは勉強しておくさ」

「はっは、いい心がけだ」

 

 そんなことを少しの間話した後、クベーラは宝塔の輝きに包まれ、共に元いた場所へと帰っていった。

 

 ……よし、事情通から確度の高い情報は得られた。

 

「供物台を買うか」

 

 ここからは私の目利きの時間である。

 

 

 

 


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