完成した供物台は、そこそこ私の要望通りの仕上がりになっていた。
所々不均衡で粗っぽくはあるが、この時代の工法であればまともな方だろう。
原始的故に粗いのであって、手を抜いているわけではないのだ。
「素晴らしい仕上がりだ。どうもありがとう、助かるよ」
「構わんて。面倒だが、それなりに面白い仕事じゃったよ、
「ははは、それはよかった」
今の私の仮面はトノサマバッタだ。
ひと目で分かるそこそこ無害な生き物の顔である。
しかし性能はなかなかのものだ。大きな目の複眼は細かな無数の穴を透かし彫りに近い技法で穿っているので、視界は非常に広い。
複眼はこれが良いのだ。難点は虫によって目の位置が全く違うところである。
「さて、私の用も済んだ。後は旅に出るばかりだ」
「え、ええ……しかし石塚様。本当によろしいので?」
「ふむ? なにが?」
柔和な雰囲気の尼さん、白蓮はどこか気でも咎めているかのように、頬に手を当てて唸っている。
「いえ……私のような見ず知らずの者を、朝護孫子寺にまで運んでくださるというのが……なんとも、恐縮と申しますか……」
「ああ、そんなこと。良いんだよ」
「しかし、車を牽いてくださるというのは、とても大変かと……」
「大丈夫大丈夫、昔はよくやっていたんだ」
「はあ、そうなのですか……?」
もちろん、効率を求めれば白蓮ともども全てを浮かせてバヒューンとやってしまうのが最速だろう。
しかし、せっかく昔の日本に来ているのだ。わざと文明的なところから離れて、この時代の気風に合わせてみるのも悪くはない。その点で言えば、むしろこれは私の趣味だった。
「では……お願い、できますか? 命蓮に渡してやりたいものも、色々とあるので……」
「うむ。せっかく車を出すのだから、ついでに日用品など買っていくと良いだろう」
そんなこんなで、私と尼僧の白蓮は大八車のようなものを使い、荷物を抱えて信貴山へゆくことになったのだった。
このほんわかした尼さんの白蓮。
彼女は驚くべきことに、命蓮のお姉さんであったらしい。
なるほど確かに似ているところも……まぁ顔立ちとかは結構ある。性格はどうだろうか。命蓮の方がマイペースというか、やんちゃな感じはするな。白蓮はもっとしっかり者で世話焼きな雰囲気がある。
「あの子、命蓮はろくな準備もせずに家を飛び出していったのですよ。あんな薄着一枚で、ほとんど何も持たないで……確かに昔から法力は扱えていましたけれど、それにしたって不用心です」
「はは。彼らしい」
「命蓮は健やかにしているでしょうか。大きな怪我や病などは患っていませんか?」
「近頃は会ってないけれど、きっと大丈夫だろうさ。妖怪や病魔にやられるほど、彼もやわではないよ」
健康管理だってそこらへんの人以上にしっかりとやっている。
食べ物だって栄養バランスはバッチリだし、むしろあの男が他の人より早く死ぬとは全く思えない。
もちろん、死は突然に訪れるものだ。これはあくまで、確率の話でしかない。それでも死なないだろうなーと、私がなんとなく思っているだけに過ぎない。
「命蓮……」
白蓮は荷台の上で、封をした瓶に体重を預けながら幾度目かのため息をこぼした。
どうやら彼女の家族愛は深く、そして心配性でもあるようだ。
そしてブラコンも入っている。いや、もちろん良い意味でだけど。
「……あ、石塚様。車は、どうでしょうか。お疲れではありませんか? もう随分と長い間、そうして牽かれていますけど……」
「うん? ああ、なに平気だよ。ちょっとしたコツがあれば、台車を動かすのなんて何ら難しいことでもない」
疲れも眠気もない私にとって、重い台車を牽引するというのはただの作業でしか無い。
重いからといって身体や体力が摩耗するわけでもないし、痛くもないのだから、私の地の動きさえすれば何も問題はないのである。
私の身体は力こそ弱っちいが、こういった場面においては一般人以上の能力を発揮できるのでありがたい。
「魔法が使えなかった昔はね、それこそまだ木も無かった時のことなのだが、鉄器や実験器具をたくさん運ぶのには苦労してね。そのために何度もこういう台車を作ったことがあるんだよ」
「台車を作る……? それはまた、とても器用でいらっしゃるのですね? しかし、魔法というのは……?」
「おお、魔法というのはね」
なんて話をしている最中に、道の奥にある茂みが激しく揺れ、大きな影が飛び出してきた。
「ハハハァッ! 女だ! 食ってやるッ!」
「きゃっ……!?」
全身が浅黒く、顔が大きな人型の妖怪であった。
のろのろと人気のない地上を通行していたので、こちらはさぞ美味そうな鴨に見えたのだろう。
まぁ、私としても都合よく的が現れてきたのは嬉しい。
「“金縛り”」
「うぐッ!?」
私が指を向けて不可視の呪いを放つと、妖怪はいとも容易くその場に拘束された。
全身を硬直させる不可解な力に、随分と困惑している様子である。妖怪自身も、白蓮も。
「こ、これは? 石塚様が?」
「うむ、これが魔法だ。今のは単純な、ただ動きを奪うだけのものだけどね」
「はあーこれが……凄い……命蓮の法力みたい……」
今まさに襲われそうだったというのに、白蓮はすぐに興味深そうに妖怪を眺めていた。
なかなか適応力の高い女性である。こういうところは命蓮にそっくりかもしれん。
「ぐ、ぐごごぉ……! き、貴様ら、この俺を誰だと思っていやがる……!」
「さて、じゃあ用も済んだしあの妖怪には退場してもらおうか……」
「ひっ」
私が掌の上に火球を灯したのを見て、妖怪の表情が一気に硬直する。
すまんな名も知らぬ妖怪よ。今は魔法体験教室の一環なのだ。悪いが“こんな強くて便利な魔法もあるんですよ”デモンストレーションに協力してもらうぞ。
「えっ、あの。殺めてしまうのですか?」
「ん?」
「あの妖怪を……」
そう私に言い縋る白蓮の目は、心の底からこれを、つまり妖怪を殺める行為を憂いているようであった。
……うーん、これも宗教の影響か。厄介だな、こういう考え方も。まぁ、人それぞれだからなんともいえないのだが。
「まぁ、わかったよ。尼さんの前だ、無益な殺生はやめておこう」
「ありがとうございます」
「て、てめえら、ただじゃおかねえ! 食ってやる、お前も、そこのお前も、ギギギギ……!」
そしてこの人の温情というものを何一つ解していない下級妖怪である。
お前のような奴こそ仏門に入るべきだというのに。
「わかった、金縛りは解いてやろう」
「!」
瞬間的に、私は妖怪の身体を拘束する呪いを解除した。
「ハハッ! 動いたぞ! これで――!」
「しかし退場はしてもらう」
「は――」
だが奴が動き出した次の瞬間には、既に私は空へと大きく飛び上がり、蹴りのモーションを完成させていた。
「ライオネルキーッッック!」
「ぐべらばッ!?」
魔力で強化したヒーローキックを真正面から受けた木っ端妖怪は、美しいほどの錐揉み回転を見せながら藪を貫通して見えなくなった。
「あら……お見事ですね。武術も嗜んでおられるなんて」
「ははは、これも魔法さ」
「魔法……はあ、便利なのですねえ……」
道中、何度も妖怪に襲われることはある。
しかし、私がついていれば何ら問題ではないし、荷台に乗る白蓮の読経も魔除け程度の効力はあるようだ。
これならば大きな足止めもなく、すぐに信貴山へ到着できるだろう。