東方遺骸王   作:ジェームズ・リッチマン

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 私の牽く台車は山の坂道でも何ら難儀することなく進んだ。

 振動抑制木筒ピストンもうまく作動し、荷台の白蓮にも負担はかからなかった。

 途中で木っ端妖怪がちょっかいをかけて来たり、白蓮の信仰心を帯びた読経が周囲の魔力環境に煩わしい轍を残す等の些細なトラブルはあったが、数匹のスズメバチが襲来する以上の問題はなく、数日ほどで旅は終わった。

 

 信貴山。

 命蓮の暮らす朝護孫子寺は、もう目と鼻の先だ。

 

「あれが……」

 

 遠目に見えてきた仏閣の影に、白蓮が様々な想いを募らせた息を吐いた。

 そうそう。あれが朝護孫子寺である。クベーラを崇めて盛り上がるやつだ。でも祀られてる像よりも実物の方がもっと顔が怖い感じがするよ。

 

「あら……? 石塚様。なにか、こちらに……」

「うん? ああ」

 

 白蓮が何かを見つけ、空を指し示した。

 はてなんだろうかと思ったが、なんてことはない。飛来したそれは、ただの托鉢であった。

 

「鉢が空を……命蓮ですね?」

「ははは。そのようだね」

 

 托鉢はにゅうっとこちら側まで寄せてきて、白蓮の直ぐ側をキープするように追従した。

 まるで“何か寄越すまでどかんぞ”と言っているかのようである。長崎長者が怒るのもなんとなくわかる厚かましさだ。

 

「……まったくあの子ったら。昔からいつもいつも、法力に任せて楽をするのだから……」

「昔からなんだ」

「ええ、そうです。要領が良いというか……変な所がずぼらなのです、あの子は本当にもう……」

 

 なんだかんだいいつつ、白蓮の顔は嬉しそうだった。

 昔から知る弟が今も変わらずにいることがわかって、それはそれで良いものなのだろう。

 

「……さて、と」

 

 そんな彼女は小さな紙に文字を認めると、それを布に包んで恭しく鉢に置いた。

 鉢は何かしらの物を貰ったと認識してか、ふわりと浮き上がって飛んでゆく。

 

 とはいえ、そろそろ私達も到着する頃合いだ。

 命蓮のもとに辿り着くのは、あの托鉢とそう変わらない時間だろう。

 

「驚かせてやりましょう」

「ははは」

 

 慎ましい悪戯を仕掛けて満足したのか、その後白蓮はにんまりとした微笑みを浮かべ、荷台に座っていた。

 

 程なくして、台車は境内に到着する。

 信貴山それ自体が仏教の領域ということもあり、辺りは信仰の魔力でいっぱいだ。

 神力と言っても良いし霊力と呼んでもいいだろう。どちらも似たようなものだ。

 

「命蓮は……あっちかしら」

「転ばないように」

「ええ、もちろんです」

 

 とか言いながら、白蓮は風呂敷に包んだ荷物もすっかり忘れた様子で、とたとたと走ってゆく。

 なんとも慌ただしく危なっかしい女性である。

 介護とは少し違うけれども、厄介なアイドルの世話をするマネージャーにでもなった気分だ。

 

「まぁ、再会ってのは嬉しいからね。気持ちはよく分かる」

 

 命蓮がいつも読経している座敷の近くには、例の托鉢が置いてある。

 白蓮はそれに気付くと、閉ざされた戸に向かって大きな声をあげた。

 

「みょうれーん!」

 

 その直後、ガタガタと随分慌しい様子で戸が開かれる。

 

「えっ、えっ、姉上!? うそお!?」

「命蓮!」

 

 その時の命蓮は、メモと数珠を握ったまま這うようにして出てくるという、なんともパニクってるなあという感じの、彼にしては非常に珍しい姿だった。

 近くでその様子を見ていた見習い坊主の一人は、その日ずっと笑っていたそうだ。

 私もちょっとだけ笑わせてもらったが。

 

 

 

 長らく会っていなかった姉と弟が再会した。

 なんとも感動的な話である。

 

「なんでまたこのような無茶な旅を!」

「無茶ではありません。実際にできましたから」

「姉上は楽観がすぎる! 尼僧とはいえ、愚かな奴はどこにだって大勢いるものなのだぞ!」

「信濃ではそのような」

「田舎と一緒にするんじゃないよ姉上! 一歩間違えればどうなっていたことか!」

 

 命蓮と白蓮は膝を突き合わせて、姉弟喧嘩を満喫しているようだった。

 私は火石を使った焜炉でポットのお湯を沸かしている最中である。せっかくなのでお茶があった方がいいだろうからね。二人はよく喋るし、喉が渇くだろう。

 

「心配してくれたのね。ありがとう、命蓮」

「……無事で良かった」

 

 命蓮は大きく丸め込まれたのがどことなく不満なのだろうが、それでも白蓮の心からの言葉を差し置いてまで強くは言えなかったようだ。

 なんとなく、この二人はずっとこのような関係でやってきたのだろうなと思わせられる一幕だった。

 

「まあまあ、お茶でもどうかな」

「あら。ありがとうございます、石塚様」

「……すまんな石塚殿。姉上がとても世話になったようで」

「ええ、石塚様にはとても親切にしていただきました。私も荷物も、重かったでしょうに」

「ははは、いや大丈夫だよ。軽いものさ。それに、一人で観光するより誰かと一緒の方が、ずっと楽しいからね」

「そう言っていただけると、私も嬉しいです」

 

 命蓮はなんとなく、こういうところでも白蓮に対して何か物申したげである。

 おそらく“とはいえ見ず知らずの相手についていくなんて”とでも思っているのだろう。

 

「とはいえだ姉上。このような見るからに怪しい者についていくなど、不用心がすぎるぞ」

 

 それ以上だった。

 私のどこが怪しいというのか。赤いスカーフでも巻けば良かったのか。

 

「確かに、最初は(いなご)の化身かと驚きもしましたよ。ですが、最初によくしてくださった時から、石塚様はとても心根の優しい方だとわかっておりましたよ」

「……そうではなく。そうかもしれんけどなぁ。もう少し……」

「命蓮、私がここにいることが……それほどまでに」

「そ、そうではない姉上。ああ、全くもう……」

 

 少しでも白蓮が悲しそうな顔をすると、命蓮は厄介そうに頭を掻く。

 

「……おい石塚殿! 何か言ってやってくれないか! 昔からこうなのだ! いつもいつも危なっかしくて私は……!」

「すまないね。怪しいバッタモンは二杯目のお茶を用意するので手一杯なのだ」

「ああ! もう!」

「命蓮?」

「わかった! わかった姉上! 姉上と会えたことはとても嬉しい! それが全てだ!」

「あらまあ! ふふふっ」

 

 数十年ぶりに再会した尼僧の白蓮と、凄腕聖人の命蓮。

 二人の巡り合わせは、これからの信貴山にさらなる賑やかさを与えてくれそうだった。

 

 


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